第31章 武将達の秘め事⑥
「さぁさぁ、堅苦しい話は無しだって信長様も仰ってるんだ。酒の場に相応しい、もっとくだけた話をしようぜ!」
場の雰囲気を変えるように愉しげに声を上げた政宗は、秀吉の盃になみなみと酒を注いでやる。
「今年もこうして無事に年忘れの会が開けて良うございました。年が明けたら次は…朱里様の誕生日祝いの宴ですね、信長様」
ニコニコと屈託のない笑みを浮かべているのは三成である。
「おっ、朱里の誕生日は睦月の十二日だったか?年明け早々には準備しないとだな!信長様はもう贈り物は決められたのですか?」
朱里は関東の北条家の出身で、織田家が北条家と同盟を結ぶ際に信長が半ば強引に小田原から安土へと連れ帰った姫だった。
色恋事には関心がなく特定の相手を持たぬ男と思われていた信長だが、朱里には出逢いから興を惹かれたらしく、この男には珍しく傍目からでも分かるほどの関心を寄せている。
大名家の姫なのに偉ぶったところがなく、誰に対しても裏表のない朗らかな性格の朱里は城勤めの者達にも気さくに接し、安土の武将達にもすぐに受け入れられて可愛がられていた。
特に秀吉は実の兄のように甲斐甲斐しく朱里の世話を焼いており、朱里からも随分と頼りにされているようだ。
「正月早々で忙しい時期に申し訳ない、なんて言って朱里は遠慮してたが盛大に祝ってやりたいよな」
「そうですね。あの子、俺達にも遠慮ばっかりしてるから…」
「謙虚なところは朱里様の良きところですが、もっと私達に甘えていただきたいですね」
皆が朱里のことを好ましく思い表情を緩める様を見て、上座の信長は満足そうに口の端を上げる。
(安土に来て間もないが、朱里は随分と皆に愛されているようだ。あやつには人を惹きつける不思議な魅力がある。芯のしっかりした女子だが、守ってやりたくなるような儚げなところもある。本人には自覚がないようだが…)
淑やかな深窓の姫らしい容姿にも関わらず、武芸や乗馬を嗜む奔放さを物珍しく思い手元に置いてみたが、朱里の内面を知れば知るほどに興味が湧いて目が離せなくなっていた。
何を好むのか、何を見せれば喜ぶのか、信長が女子に対してそんな他愛ないことを考えるのは初めてのことだった。