第31章 武将達の秘め事⑥
「ならば、書物はいかがでしょう?朱里様はよく書庫へも参られていますし、読書もお好きなのでは?」
「書物か…書物といっても色々あるが、あやつはどのようなものを好む?まだ読んでおらぬ書物は何か、誰ぞ知っている者はおるのか?」
「さぁ、それは……」
安土城の書庫には信長が国内外から集めた書物が数多く収蔵されており、その種類は多岐に及んでいるが、朱里が日頃どういった書物を好んで読んでいるのか、誰も聞いたことがなかったのだ。
「女人が好まれるものとしては、絵巻物や歌集などが無難でしょうか?」
「いやいや、あの娘は常識では測れぬところがあるからな。無難なものならば良いだろうというのは、些か短絡的に過ぎるのではないか?」
「それは…そうですねぇ。誰もが知るような無難なものは、朱里様も既にお読みになられているかもしれませんね」
「当たり障りのないものではなく、あやつが真に望むものでなければ意味がない。更に欲を言えば、あやつが思いも寄らぬものならば尚のこと良い」
「………………」
きっぱりと言い切った信長に武将達は返す言葉もなかった。
(女子への贈り物一つ決めるのに、ここまで思案されるとは…このような御館様のお姿を見るのは初めてだ。御館様にとって朱里はそれほどに特別な存在ということか…真に喜ばしいことだが、それにしてもこれはなかなかの難問だな)
朱里が真に喜ぶもので、思いがけぬものを…と信長は言うが、朱里本人に希望を聞くわけにもいかないとなると、贈り物選びはなかなかに難しく思われて、秀吉を筆頭に武将達は皆一様に、手にした盃の酒に口をつけることも忘れて悩ましげな表情を浮かべる。
百戦錬磨の武将達が一人の女子を喜ばせるために頭を捻る様子は、朱里がこの安土で、武将達の間で、なくてはならない存在になっていることを物語っているようだった。
(贈り物選びが楽しい、などという感情をこの俺が感じる日が来ようとはな。俺に未知の感情を覚えさせるあやつは真に得難い女だ)
今この場にはいない彼女の、花が綻ぶような笑顔を想像して皆が想いを巡らせている様を満足そうに見回しながら、信長の口元には自然と柔らかな笑みが浮かんでいたのだった。