第30章 愛の証し
その日の夜、政務を終えた信長は湯浴みを済ませて天主へと戻る。
「お帰りなさいませ、信長様」
信長が襖を開けて中に入ると、眩いばかりの月明かりが射す中で朱里はぱぁっと顔を綻ばせて駆け寄って来た。
今宵も来るよう命じておいたとおり、先に来て廻縁で外を眺めていたようだった。
「待ったか?」
「いえ、それほどでは。月を見ていたので。信長様、見て下さい。今宵は綺麗な満月ですよ」
嬉しそうに言いながら朱里が指差す方には、空いっぱいに光り輝く白銀の月が浮かんでいた。
天高く聳え立つ安土城の天主は中空に浮かぶ天満月にも近く、行燈の灯りがなくても部屋の中は明るく感じた。
「良い月だな。今宵は月見酒といくか」
「ふふ…そう仰ると思って…ご用意してます」
朱里は嬉しそうに口元に柔らかく笑みを浮かべながら、傍らから酒盃の乗った膳を差し出した。酒の他にいくつか肴も用意してあるようだ。
「ほぅ、貴様、気が利くな」
随分と用意がいいことだと感心しながら、信長は廻縁へと足を向ける。朱里も膳を手にいそいそと後に続いた。
雲もなく澄み切った夜空で風もなかったが、湯上がりの火照った身体には外の空気は心地良く感じる。
床板の上に腰を下ろした信長は、寛ぐように夜着の襟元を緩めた。
(っ……)
露わになった首筋から匂い立つ色気に内心息を呑みながらも、朱里はこっそりと信長を見つめていた。
(ちょっと薄くはなってるけど…まだ残ってる)
一体どれだけ強くしてしまったのかと自分で自分のしたことが信じられない思いだが、後悔先に立たず…今日一日、できるだけ人目に付かなかったことを願うばかりである。
「……何だ?」
「い、いえ…別に…」
(信長様は結局、気付いておられなかったのかしら?いやいや、気付いていてもコソコソ隠すような御方ではないか…)
今日一日、どれだけの人の目に晒されていたのかと思うと、恥ずかしくて消えてしまいたかった。
「朱里」
「えっ…あ、はい」
盃を手にじっと此方を見つめる信長に気が付いて、慌てて酒を注ぐ。信長は注がれた酒をグイッと一息に飲み干し、満足そうに口角を緩めた。
その男らしい仕草に胸の内がドキドキと高鳴ってしまい、見ていられなくなって自然と目線を逸らしていた。