第30章 愛の証し
溜まった政務を早々に片付けた信長は、午後からは視察のため城下へと足を運んだ。
遠征で長らく不在にしていた間、安土の城下は特に変わりはなかったとの報告を三成から受けてはいたが、実際に自分の目と耳で確かめたかったからだ。
城下の人々の暮らしぶり、商人達の動向、物の値段や取り扱う品々を実際に見て町の者から直に商いの話を聞くことで城下の様子を知ることができる。何か問題があればすぐさま対応もできる。
何事にも、正確であること、迅速であることを求める信長は、政でも己の目と耳とで直に感じたことを信じて動いてきた。
天下人となってもその姿勢は変わらず、城下へも気軽に足を運んでは民達とも親しく接してきたのだった。
「これは信長様!いらっしゃいませ」
「商いの方はどうだ?困り事などないか?」
「まぁ、信長様!お茶でもいかがですか?新しい菓子でも召し上がって下さいな」
「貰おう。新しい菓子とは…楽しみだな」
「信長様っ、ウチの品も見て行って下さいよ!珍しい細工物が手に入りましたので」
「ほぅ、南蛮渡りの品か…なかなかに凝った細工だ」
城下の大通りをゆったりと歩く信長に気付いた店々からひっきりなしに声が掛かる。
その一つ一つに律儀に答えながら、店先の品々を手に取ったり、店の者に質問をしたりと、じっくりと時間をかけて城下を見回るのが信長の視察の常であった。
その堂々とした天下人に相応しい振る舞いに城下の者達は皆、尊敬の眼差しを向けるのであったが……
「っ…おい、信長様のあれ…見たか?」
「お、おぅ…あんなにくっきりと…ありゃ目に毒だわ」
「あのように大胆に見せつけるお相手などおられたのかのう?」
「もしや、最近お城へ入られた姫様ではないか?ほれ、確か東の方の国から来られたとかいう…さて、何と言うお名前じゃったかのう?」
「おぉ、信長様とご一緒のところを一度お見かけしたことがあるぞ。天女のような大層美しい姫様じゃったわい」
「ならば、その姫様が信長様の…?」
大胆に開いた襟元から見える信長の首筋を、見てはいけないものを見るようにチラリチラリと盗み見ながら町人達はこっそりと噂話に華を咲かせる。
これまで特定の相手もおらず、そのような素振りも見せることがなかった信長が無防備に女子の気配を感じさせていることに、町人達は興味津々だった。
