第30章 愛の証し
秀吉が悶々と思い悩んでいる同じ頃、朱里もまた同じく落ち着かない気持ちで天主で一人、黙々と箸を動かしていた。
軍議へ向かう信長を見送った後、いまだ気怠い身体を何とか動かしてノロノロと身支度を整えていると、女中さんが朝餉を運んで来てくれたのだ。
疲れた身体を労わってくれる信長の心遣いは嬉しかったが、その反面何となく気まずい気持ちにもなるもので…
(これじゃあ、昨夜は信長様に激しく抱かれました、って言ってるようなものだわ。女中さん達は慣れたもので気にもしないのかも知れないけど…やっぱりちょっと恥ずかしいな)
着替えも手伝われてしまい、身体中に残る信長様の口付けの跡も見られてしまった。女中達はもちろん何も言わないが、彼女達の間に何となく微笑ましげな温い雰囲気が漂っているのが伝わってきて、逆に居た堪れない思いがした。
信長と恋仲になって夜を共に過ごすようになって暫く経つが、翌朝の気恥ずかしさには未だ慣れるということはない。
(信長様は平然としていらっしゃるのにな…やっぱり経験の差かしら。きっと今まで多くの女人とそういうことも…してこられたんだろうし)
自分は信長が初めての相手だが、信長は当然そうではない。
自分と出逢う前には特定の恋仲の相手などはいなかったと聞いているが、日々の夜伽相手に困るようなことはなかったに違いない。
過去のことを気にしても仕方がないのだが、数多の女子と共寝する信長を見慣れて来たゆえに女中達も平然としているのだろうと思うと、複雑な気持ちにならざるを得なかった。
『愛する人を独り占めしたい』
常日頃は内に秘めているそのような気持ちが表に出てしまったのだろうか、昨夜は随分と大胆に信長を求めてしまった。
わざと口付けの跡を付けたつもりはないけれど、あれでは傍目から見れば女の醜い独占欲の現れと思われるかもしれず、今更ながら自分の浅はかさが悔やまれた。
「はぁ…信長様、早く気付いて下さったらいいんだけど…」
皆に大っぴらに広まる前に、信長様自身が気付いて隠して下されば面倒なことにはならないのだが…と願うばかりであったが……