第30章 愛の証し
「それでは私から此度の戦の戦後処理についてご報告を…」
朝の爽やかな空気の中、これまた清々しく爽やかな声音の三成が手元の報告書を読み上げる。
昨夜帰還したばかりだが、今朝には既に報告書が纏められているあたり、流石は安土一の行政官と言われることはある。澱みなく的を得た三成の報告を読み上げる声に皆が真剣に耳を傾けている……かと思いきや…
「おい、あれ見ろよ、家康」
「ちょっと政宗さん、指差さないで下さい。全く…子供ですか?あんたは…」
「おやおや、そんな風に素っ気なく言う割に…どうした、家康?顔が赤いぞ?」
「煩いですよ、光秀さん。あんたは黙ってて下さい。はぁ…もぅ面倒くさい」
「こら、お前ら、静かにしろ!畏れ多くも御館様の御前だぞ」
「秀吉さんは相変わらずですね。気にならないんですか、あれ?」
「お、お前ら、そんなに無遠慮に見るんじゃない!」
「しっ…信長様に聞こえますよ」
コソコソと秘密めいて話していた声は、いつの間にやらワイワイと賑やかしくなっていて…
「……貴様ら、喧しい。三成の報告が聞こえん」
皆を威圧するかのようにパチリと派手に鉄扇が打ち鳴らされる音とともに、信長の不機嫌そうな低い声が広間の内に響く。
「申し訳ございませんっ…ご無礼を致しました、御館様」
真っ先に反応し、額を畳に擦り付けんばかりに平伏するのは安土一の忠義者である秀吉だった。
「貴様ら、先程から何をコソコソやっている?言いたいことがあるなら、はっきり言うがよい」
軍議の最中だというのに何やら集中力に欠ける皆の様子に、信長はイライラし始める。
この軍議の後は、溜まっていた決裁書類を片付けて様々な方面に指示を出し、その後は城下へも視察に行き…と予定が色々と詰まっているのだ。ぐだぐだしている暇はない。
「お、御館様…そのぅ、そ、それは…その…」
言い辛そうに言葉を濁しながらチラチラとこちらの顔色を窺う秀吉のらしくない様子に、信長は眉を顰める。
(実際には秀吉は信長の顔色を窺っていたわけではなく、信長の首筋の『跡』をチラ見していたわけであるが…)
「何なのだ、一体…俺の顔に何か付いているのか?」
「い、いえ…滅相もない!お顔にはな、何も…」
(顔じゃなくて首です…なんて言えねぇ。言えねぇけど、アレってやっぱり…口付けの跡だよな?付けた相手は…朱里なのか??)