第30章 愛の証し
「…何だ?どうかしたのか?」
悲鳴に近い声を上げながら羽織の裾を掴んで引き止める私を、信長様は訝しげに見遣る。
無礼な振る舞いだとは思ったが、この際そんなことは言っていられなかった。
「信長様、あの…そ、それ…」
「…ん?」
首筋を指差してさり気なく訴えてみるが、上手く伝わらないようで信長様は訳が分からないといった風に首を傾げる。
「あ、あの…ここです、ここに、その…」
はっきり言うのが恥ずかしくなってしどろもどろになりながら自分の首筋の辺りを指差す私に信長様はますます不審げな眼差しを向けていたが、不意に何かに納得したようにニヤリと笑みを溢す。
「そこに口付けろ、と?全く…愛らしいことを言う奴だ。素直に甘える貴様も悪くないな」
「えっ…ち、違っ…んっ、あぁ…」
思わぬ誤解に慌てているうちに、信長様の顔が近付いて、じゅじゅっと鎖骨の辺りを強く吸われてしまった。
不意打ちの口付けに甘い疼きが背を駆け上がり、何も考えられなくなるが、信長様は首筋だけでなく、耳朶に、頬に、と順に唇を滑らせていった。
ーちゅっ…ちゅっ…じゅぅぅ…
「んっ…あっ、やっ、あぁ…」
散々に口付けられて、くったりと力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった私を満足げに見下ろした信長様は、余裕の表情だった。
「愛らしい貴様を残して行くのは忍びないが…もう行かねばならんな。今宵もまた来るがよい。たっぷりと可愛がってやる」
信長様は私の頬を優しく撫でて、うっとりするほど男らしくそう言うと、艶やかな笑みを残して颯爽と出て行ってしまった。
結局、口付けの跡のことを伝えることもできず、信長様の醸し出す色気に逆に翻弄されてしまう結果となり、その後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。
(あぁ…待って、行かないで…ダメです、信長様ぁ…)