第30章 愛の証し
「では、行ってくる」
あっという間に支度を済ませた信長様を情けなくも褥の中から見送ることになった私は、その時になって初めて信長様のお姿を正面から見ることになったのだが……
「えっ!?あぁっ…」
朝の気怠さなど微塵も感じさせず、男らしくキリリとした佇まいの立ち姿の信長様をうっとりと見上げた私だったが、そこにとんでもないものを見てしまい、思わず大きな声を上げてしまった。
襟元の窮屈さを厭う信長様は、普段から袷を少し寛げ気味に着物を着られる。大胆に首筋が露わになったそのお姿は何とも言えない色気を醸し出していて、見るたびにドキドキしてしまうのだったが…
(あ、あれってもしかして…う、嘘っ…)
信長様の首筋、鎖骨の少し上辺りの肌が不自然に赤くなっている。一見すると虫に刺された跡のようなそれを見た瞬間、私の頭は酷く混乱した。そうして、曖昧だった昨夜の記憶が一瞬にして甦ったのだった。
(昨夜は久しぶりに会えた嬉しさに、我を忘れて信長様に縋りついて…無我夢中でお身体にく、口付けを…してしまったような…)
『くっ…貴様から口付けられるとは…今宵は随分と大胆だな』
意外そうに目を見張りながらも愉しげに口の端を緩める信長様を見ていると恥ずかしさよりも嬉しい気持ちの方が勝り、自分が大胆なことをしているという自覚もなく……
(あんなにはっきり分かるぐらい跡をつけてしまっていたなんて…私、なんて破廉恥なことを…ど、どうしよう…)
「の、信長様っ、待って!待って下さいっ!」
軍議の場へ向かうため天主の部屋を出ようとする信長様を慌てて引き止める。
女子の口付けの跡を堂々と晒したまま家臣達の前に出るなど、城主としてあってはならないことだ。このままだと信長様に恥をかかせてしまう。
(あぁ…もぅ、私ったら…どうしてあんな目立つ所に口付けたりなんてしたんだろう。気が昂ってたとはいえ、今の今まで気付かないなんて…)
自分の迂闊さを呪うしかないが、昨夜は本当に身も心も満たされたのもまた事実であり…我を忘れるほどに愛し愛される幸福に酔っていたとしか言えないのだった。