第29章 第六天魔王に愛を捧ぐ
「それにしても、あの訳の分からない文は何だったんですかね?」
感極まった秀吉が信長への崇拝の念を訥々と述べ続けているのを遠目に見ながら、家康は隣で料理を取り分けていた政宗に話しかけた。
秀吉は信長への忠義を示すのに必死ですっかり忘れているようだったが、事の始まりは差出人不明の謎の文だった。
秀吉は無事、文の挑発に乗り?壺を金平糖でいっぱいにして信長の祝いに花を添えたが、誰が一体何のためにあんなものを用意したのか、そこのところは分からぬままだったのだ。
「んー?家康は気付いてなかったのか?あの文の字、あれ、見覚えなかったか?」
「えっ?」
「上手く崩して書いてあったが、俺には分かった。あれは光秀の字だった」
政宗は口の端を悪戯っぽく上げてニヤリと笑う。
「へ?光秀さん!?あっ、じゃあ、この企みは…」
「当然、光秀の謀り事だろう…が、もしかしたら信長様も一枚噛んでるかもな」
そう言うと、政宗は上座の方を見て可笑しそうに笑った。
「おい、秀吉。ちなみに聞くがこの金平糖は俺の自由にしてよいのだろうな?」
「……はい?」
「俺への祝いだ。これは最早、俺のもの。当然、どのように食そうが俺の自由だな?」
そう言うなり壺の中から大胆に金平糖を掴むと、止める間もなく無造作に口へと放り込んだ。
「ああっ…そんな食べ方はお身体に悪いと何度も申し上げておりますのに…ちょっ…いけません!一度にそんなに沢山召し上がられては…」
慌てて制止しようとする秀吉に対して、信長は一向に気にする様子もなく再び金平糖を摘む。
カリリッと口内で金平糖が砕ける音が軽やかに響いた。
「おや、今日は敬愛する御館様の生まれ日だ。そのように口煩く言うものではないぞ、秀吉」
「そうだぞ、秀吉。貴様の忠義の証の金平糖だ。存分に味わってやろう」
「お、御館様ぁっ…そ、そんな…光秀っ、お前もお止めしろ!」
「いやはや羨ましい。御館様にそのように忠義を高く買って頂けるとは…さすがは天下人の右腕だ。やはりお前は俺とは違う」
「お、お前なぁ…」
くくっ…と喉奥を鳴らしてさも愉しそうに笑う光秀に対して、秀吉は先程までの感極まった表情が一転して苦虫を噛み潰したような何とも言えない顔で情けない声を上げるのだった。
「貴様ら……」