第29章 第六天魔王に愛を捧ぐ
「信長様、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
ここ安土城の大広間に集まった大勢の人々は口々に祝いの言葉を述べる。
家臣達は皆、上座に座る主(あるじ)に崇拝の眼差しを向けている。多くの人々の注目を集めている今宵の主役は、常と変わらず圧倒的な威厳と風格を放ちながらゆったりと盃を傾けていた。
傍らには美しい妻が寄り添い、その左右には信長が最も信を置く二人の片腕が控えていた。
「御館様、おめでとうございます」
秀吉は信長に甲斐甲斐しく酌をしながら、賑わいを見せる大広間の様子を微笑ましい思いで見ていた。
(皆が御館様を心からお慕いしているのが分かる。御館様がお生まれになったこの日を誰もが祝福している。勿論、この俺も例外ではない。あぁ…今日は何という良き日だ)
宴の熱気に酔い、信長への尽きぬ忠義の念に酔い、秀吉はこの上ない幸福を噛み締めていたのだった。
「ときに秀吉、貴様、昨日はどこへ行っていた?珍しく姿が見えなくなっていたな」
なみなみと酒が注がれた盃に口をつけながら、信長はその深紅の眸を僅かに眇めながら秀吉に意味ありげな視線を送った。
盃の中の酒によって濡れた上唇がやけに色っぽく、微かに開いた唇の間からほぅっと小さく吐息を漏らす様に、ドキリと心の臓が跳ねる。男の自分から見ても信長の醸し出す色気は半端なく、そういう趣味を持ち合わせていない秀吉ですら、こういった酒席での信長の艶っぽい仕草には妙に落ち着かない気分になるのだった。
「あ、いや、そのぅ…」
いつもなら常に信長の側近くに控えている秀吉だが、昨日は金平糖を求めて城下を駆けずり回っていたために城内へ戻った頃にはすっかり日が暮れていたのだった。無論それは信長には秘密であり、信長への祝いの品はこの後、各々が披露する手筈になっていた。
「おや、秀吉、御館様に対して秘め事とは…穏やかではないな」
向かいに座る光秀が涼しい顔で盃を傾けながら、揶揄い混じりに秀吉に声を掛ける。
「なっ…光秀…くそっ、秘め事だらけのお前に言われる筋合いはない!」
「ほぅ…秀吉、貴様、やはり俺に隠し事か?許し難い所業だな」
「お、御館様っ…誤解です!この秀吉、天に誓ってそのようなことは…」