第29章 第六天魔王に愛を捧ぐ
そうして秀吉は安土中の菓子屋を回り、その店にあるだけの金平糖を買い求めていった。
「秀吉様、ご用意できる金平糖はこれが全てですが…信長様へのお祝いですよね?私どもからもこちらをお贈り致したく…新作の饅頭です!」
「おおっ、すまんな。ありがとう!」
行く先々で金平糖を集めて回る秀吉に、菓子屋の店主達は自分達からも信長へ祝いの品だと言って次々と新作の菓子を差し出してくるため、瞬く間に秀吉の手元は一杯になってしまった。
「参ったな。肝心の金平糖はまだ半分しか集まってないっていうのに…町の皆が御館様の生まれ日を祝ってくれるのはありがたいことだが…」
信長の誕生日を明日に控え、安土城下は町中がお祭り騒ぎのようになっていて、すれ違う人々は秀吉に口々に信長への祝いの言葉をかけてくれるのだった。
秀吉はその度に信長の偉大さを実感し、そんな信長の側近くに仕えられる喜びに身を震わせていた。
第六天魔王などと呼ばれ、世間的には冷酷無慈悲で血も涙もない男だと思われている信長だが、家臣達や町の人々に対しては細やかな心配りをする男であり、そんな信長の知られざる一面を身近に仕える秀吉は心から誇らしく思っていた。
(やはり御館様は日ノ本一の御大将だ。あの日、御館様に出逢えたことは俺にとって人生最大の幸運だった。御館様のための金平糖、この俺が絶対に集めてみせる)
決意も新たに次の菓子屋へと向かった秀吉だったが……
「なに?売り切れただと?」
いまだ半分ほどの金平糖しか入っていない壺を抱えたまま、菓子屋の店先で秀吉は呆然と立ち尽くしてしまった。
「申し訳ございません、秀吉様。金平糖は先程来られたお客様に全て売ってしまいまして…次に入荷するのは三日後になります」
「三日後か…それじゃあ間に合わないな。城下にある店はここが最後だが…店主、この近くで他に金平糖を扱っている商人を知らないか?」
「へぇ、隣町に昨日から堺の行商人が来てるそうですが…堺からの商人なら金平糖も扱ってるかもしれませんね。確か青い幟(のぼり)を上げているそうですよ」
「青い幟(のぼり)だな。ありがとう」
秀吉は店主に礼を言うと、足早にその場を後にしようとする。