第29章 第六天魔王に愛を捧ぐ
「あっ、秀吉様!もしかしたらそこももう売り切れてるかもしれませんが…先程来られたお客様にもその商人の話をしたので…って、もう行ってしまわれたか…」
くるりと踵を返した秀吉に慌てて声を掛けた店主が最後まで言い終わらぬうちに、秀吉は駆け出していた。
店を出た秀吉は迷うことなく近くの馬借から馬を借り受け、大通りを一気に駆け抜けた。
隣町までは馬を駆けさせればすぐの距離だが、店を構えぬ行商人ゆえにいつまでもその場に止まっているとは限らない。
行き違いになっては一大事と逸る気持ちのままに城下外へ出てしばらく馬を走らせると、遠くに青い幟(のぼり)が風に揺れているのが見えた。幟(のぼり)の側には数人の人影も見えていた。
(青い幟、あれか…どうやら先客がいるようだな)
秀吉は近くまで来ると馬から飛び降り、ゆっくりと人影の方へと歩いていった。
「……っ、お前ら、何で安土に…」
「っ…こんな所で鉢合わせるとはな」
店先に立っていたのはよく見知った顔ぶれで…
「上杉謙信、武田信玄…殿。お二人とも何故このような所に…?いかに同盟国とはいえ、事前の連絡もなく他国の領地へ足を踏み入れるのは道義的に如何なものかと…」
「どこへ行こうと俺の勝手だ。何故、いちいち信長に伺いを立てる必要がある?」
警戒心を隠さずに鋭い目を向ける秀吉を謙信は鬱陶しそうに一瞥すると、冷ややかな口調で言い放った。
「まぁまぁ、謙信。そんなにピリピリするなって。関係のない者まで怖がらせてどうする?」
突然始まった武将達による緊迫した睨み合いに、商人の男は怯えたように身を縮み込まらせていた。
「怖がらせてすまない。店主、金平糖は置いてあるか?」
店先に置いてある様々な菓子を見て本来の目的を思い出した秀吉は謙信達をよそに店主に話しかけた。
「へぇ、御座いますとも。おいくつご入用で?」
「全部だ。あるだけ貰おう」
「待て待て。秀吉、お前、金平糖を買うためにわざわざこんな所まで来たのか?お前、そんな甘党だったか?」
「あ、いや、それは…」
信長への祝いの品だと、二人に正直に言うのは何となく気が引けて秀吉は口籠る。
そんな秀吉を胡乱げに見遣った信玄は、店先の金平糖の包みを二、三包み取り上げて店主の方へ向き合った。
「これを貰う。いくらだ?」