第4章 信長様の初めてのお菓子作り
天主を出た信長が向かった先は、城の厨だった。
昼餉が済んだ後の厨は、ちょうど女中達も休憩の時間のようで、突然姿を現した俺を見て、料理番の男が慌てて駆け寄ってきた。
「こ、これは御館様っ、如何なされましたか?
何か不都合なことでもございましたでしょうか??」
城主の思わぬ訪れに、戸惑いを隠せないようだ。
その顔は、自分の仕事に何か不始末があったのだろうか、と不安げに揺れている。
「いや、問題ない。
……聞きたいのだが、この書物に載っている、この菓子の、この材料は今すぐに集められるか?」
「えっ、あっ、はい………あぁ、これならば、今ここにございます」
「そうか、では用意致せ」
「あ、はい、ええっと、この菓子をお作りすれば宜しいので?」
「いや、材料を用意せよ……俺が作る」
「へ? えっ? えええっ!」
料理番の男は、信じられないものを見るような驚愕の表情を浮かべて俺をまじまじと見る。
(まったく…驚きすぎだろうが……)
「お、御館様、あのぅ…」
「いいから、早く致せ」
「は、はいっ!た、ただ今、ご用意致しますっ」
わたわたと慌てふためいて奥へと下がっていったかと思うと、女中達にあれこれと指示を出している声が聞こえてくる。
手持ち無沙汰になった俺は、厨の中を見回しながら、空いていた床几に腰掛けて待つことにした。
『男子厨房に立ち入らず』
料理好きの政宗とは違い、自分は厨にも滅多に入ることはない。
(ここに来るのは、秀吉が隠す金平糖を探しに来る時ぐらいだな…)
朱里は、暇があれば厨で女中達に混じって料理をしたり、南蛮菓子を作ったりしているようで、よく手製の料理を振る舞ってくれる。
朱里がそのようにしてくれるまで、愛しい者が自分のために料理を作ってくれるということがなかった俺は、初めて手料理を出された時には戸惑ってしまったものだ。
心の内では、朱里の愛情を感じられて嬉しかったのだが、なんと言ってよいのか分からなかったのだ。
(朱里には、『信長様が感想を何も仰らないから、あの時は泣きたくなりました』と、後々恨めしげに言われたな……今では考えられないことだが……)
朱里はいつも愉しそうに料理をしている。
(『誰かのためを思って何かを作る』という行為は、きっと愉しくて心躍るものなのだろうな……)