第29章 第六天魔王に愛を捧ぐ
今や天下人として日ノ本中に権勢を誇る信長だが、当然それを良く思わぬ者もおり、暗殺の危険は常に絶えることはなかった。
刺客を送られることは日常茶飯事であり、食事に毒を盛られたり、献上品に毒針が仕込まれていたりなど、暗殺の手法は多岐に渡っていた。
ゆえに信長が手にするもの、口にするものに細心の注意を払うのは側近である秀吉の大切な役目なのであった。
「秀吉様、それが…この品、贈り主が分からないのです」
「は?」
困惑したように眉尻を下げて箱を見遣る三成を見て、秀吉もまた表情を曇らせる。
「分からないってどういうことだ?献上品には添え状が付いてるはずだろ?」
「それが…目録を作るために一つずつ確認しておりましたところ、この箱だけ添え状が付いておらず、家臣達に聞いてもいつ届いたものかも分からぬとのことで…」
「そんないい加減なことがあるか!いくら数が多いとはいえ、いつ届いたものかも分からないなんて…本当に誰も覚えてないのか?」
「っ…申し訳ございません」
痛恨の表情で唇を噛む三成を見ていると、それ以上責める言葉を言うのも気が引けて秀吉は困ったように溜め息を吐いた。
「とにかく中身を検めないことには何とも言えないな。贈り主が分からぬ献上品などお渡しして御館様に万が一のことがあっては一大事だ。貸せ、三成。俺が中身を検める」
そう言って秀吉は三成の持つ箱へと手を伸ばす。
見たところは何の変哲もないただの桐箱だが、万が一にも何か物騒なものが入っていた場合に部下を危険に晒すわけにはいかないと考えたからだ。
「いえ、それは…私の失態ですから秀吉様にだけお任せするわけには参りません。私も立ち会わせて下さい!」
生真面目で責任感の強い三成らしく、箱をしっかりと持ち直してきっぱりと言い切った。
仕事熱心な部下にそこまで言われては秀吉もそれ以上頑なに拒否するわけにはいかず、場所を移して二人で箱の中身を検めることにしたのだった。