第29章 第六天魔王に愛を捧ぐ
新緑の青葉が目にも眩しい皐月の頃
「おい、それはこっちに運んでくれ」
「広間の方の支度はどうなってる?そろそろ客人がお着きになる刻限だぞ」
廊下を行き交う家臣達は口々に言い合いながら、忙しなく立ち働いている。
「秀吉様、こちらは如何致しましょう?」
「それはこっちだ。献上品は全て一旦、こちらの部屋へ運び入れておいてくれ。確認が済んだら天主へお運びする」
忙しく動き回る家臣達の間でテキパキと指示を出し、その場を取り仕切るのは、この城の主たる織田信長の右腕、豊臣秀吉その人であった。
(例年のことながら凄い数だな。さすがは天下人たる御館様だ。日ノ本中の大名が御館様の生まれ日を祝おうと言うのだから)
この月の十二日は信長の誕生日であり、月の初めからひっきりなしに各地から祝いの品が届けられていた。
更には祝いのために訪れる大名達の接待で、城内は連日慌しかった。
「秀吉様」
彼方此方に指示を出しながら、自身も家臣達に混じって献上品を運んでいると背後から声を掛けられた。
「三成か。どうした?何かあったのか?」
振り向くとそこには大きな箱を抱えた三成が立っていた。
抱えた箱が大きすぎて前方が見えていないのだろう、三成の足元は覚束なく、右へ左へとふらふらと頼りなさげに揺れている。
「その箱は何だ?御館様への献上品か?」
「あ、はい…そのようではあるのですが…」
「……何だ?何かおかしなことでもあったのか?」
箱をチラッと悩ましげに見ながら歯切れ悪く言い淀む三成の様子を見て、秀吉は何か良からぬ事態かと訝しげに眉を顰める。
生活面ではどこか抜けているような所もあるが事務方の仕事をやらせれば右に出る者がいない三成である。その三成が迷い、言い淀むほどの事態とは何なのか、もしや御館様の御身の大事に関わることなのかと、秀吉は一気に緊張感が増す思いがした。
「中身は何だ?誰からの献上品だ?」
日々届けられる大量の献上品は、品物と贈り主とを確認して一つ一つ目録を作成することになっていた。秀吉と三成がその任に当たっており、献上品は一通りの調べが済まねば信長の元へ届けられることはなかった。