第28章 ちぇんじ〜俺が貴様で貴様が俺で
「そうですわ、私達は皆、朱里様に憧れておりますのよ。あの信長様と恋仲になられるなんて…本当に羨ましい限りですわ」
「本当に…朱里様と信長様を見ておりますと、私も朱里様のようにお相手の方と恋がしたい、恋をしてから夫婦になりたい、などと…叶うはずもない望みを抱いてしまいますの」
自嘲気味に言う娘は、寂しげに小さく溜め息を吐く。
(女心とは何とも複雑なことだ。互いに良き相手だと思い、この縁組を勧めたのだがな。恋をしてから夫婦になりたいなどと…女子は皆そのように思うものなのか…?)
縁組の相手として信長が選んだ男は忠義心も厚く真面目で誠実な人柄の男だった。家同士の繋がりのための縁組とはいえ、悪くない人選だと思っていたのだが…
「この縁組は気が進まぬと?」
「い、いえ、そのようなことは…信長様から頂いたお話ですし、お相手の方にもまだ一度しか会ってませんけどお優しい方のようにお見受けしました。きっと良いご縁なんだと思います。でも…」
想い迷うように言い淀む姿からは、不安と期待が入り混じった複雑な心境が垣間見えた。
この時代、武家の女子は嫁ぎ先によってその後の運命が決まると言っても過言ではない。自由意思で己の縁組相手を選べる女子は無きに等しく、実家や主家の意向に従うのが普通であった。
皆が羨ましいと口々に言う朱里であっても、信長との出逢いはまさに偶然であり、信長と出逢わなければ、いずれ北条家の姫として家同士が決めた先へ嫁ぐこととなっていただろう。
人と人との出逢いは偶然。良くも悪くも先の未来など誰にも分からない。人に決められた縁であっても良き縁となることもある。己の心の持ち方一つで幸福にも不幸にもなり得るのだ。
運命などというものを信じる信長ではなかったが、あの日朱里と出逢ったことは己の最大の幸運だと今は切に思っていた。
(この娘にとってもこの縁組がそう思えるものになると良いのだがな…)
「先のことは誰にも分からぬものです。分からぬことを思い悩むよりも今、目に見えるものを信じる方が良いと私は思います。信長様は人を見る目のある方です。その信長様が選ばれたのですから、お相手の方はきっと良い方ですよ」
信長は自分が勧めた縁組だということもあり、娘の不安を少しでも取り除いてやれればとの思いで『朱里』らしく努めて優しい口調で言った。
