第28章 ちぇんじ〜俺が貴様で貴様が俺で
「薙刀」は長い柄の先に反りのある刃がついた武器であり、見た目は槍に似ているが、突くことを主とする槍に対して薙刀は振り回して使い、その遠心力を上手く用いることで相手を薙ぎ斬るという特徴がある。
槍は威力も強く、「突く」「叩く」という言ってみれば単純な使い方であるため、武術に長けていない足軽達への訓練も容易であることから、戦場における武器といえば薙刀よりも槍が主流であった。
振り回して使う薙刀は周囲の味方を傷つけることもあり、一騎打ちよりも集団戦が主流の戦場には不向きであったのだ。
ただし、薙刀は力の弱い女性でも比較的容易に扱えるという利点もあり、武家の女子の嗜みとして広く浸透していた。
信長もまた槍の扱いには長けていたが、薙刀は女子向きの武器という印象もあって正直なところその扱いには詳しくなく、朱里の腕前がどの程度なのかも把握しておらず、朱里が薙刀を振るう姿もいまだ見たことはなかったのだった。
だが、そこは百戦錬磨の武将である。薙刀を手に女子衆の前に立つ姿からは不慣れな様子は微塵も感じさせない。
「では…どこからでも掛かってくるがよい」
余裕たっぷりに構え、鷹揚に言い放つ信長に対して、女子達の表情は何とも言えない戸惑った風になる。
「ねぇ、今日の朱里様、何かいつもと違う感じがしない?」
「そうよね、話し方が何だかおかしいっていうか…偉そう?」
女子達は朱里の様子がいつもと違っていることを敏感に感じ取っているのか、躊躇ったようにひそひそと小声で遠慮がちに囁き合って一向に打ち掛かってこない。
(俺としたことがしくじったな…今の俺は『朱里』なのだ。朱里らしく、女らしく振る舞わねば…)
見た目は全く違和感なく『朱里』として受け入れられていたが、気を抜くと無意識に『信長』本来の口調になってしまう。
ここは更に怪しまれる前に先手を打たねばならない。下手な会話をしてボロを出すよりも実戦あるのみ、との考えに至った信長は薙刀を構え直し、女子達に向き合った。
「それではこちらから参りますぞ。ハッ!」
多少の力加減はしつつも勢いよく薙刀を振り回すと、女達も一転して真剣な表情に変わり、途端に道場の空気も変わっていったのだった。