第26章 あなたに恋して
激しくなる雨音にかき消されそうな小さな溜め息を吐いた、その時だった。
「朱里っ、入るぞ」
あっと思う間もなく襖がスパンっと引き開けられて、私が返事をする前に荒々しい足音とともに信長様が室内に入ってきた。
「っ…信長様っ…」
私の前に向かい合うようにしてドカッと腰を下ろした信長様に対して、突然のことに何と声を掛けていいのか戸惑ってしまう。
「あ、あの……」
「戻っておったなら、何故俺のところへ来ぬ?勝手に一人で帰りおって…まだ城下は不慣れであろうに、女の身で何かあったらどうするのだ?」
信長様は、憮然とした表情で私を睨む。
(やっぱり怒ってる…でもっ、私だって…)
「……信長様のせいです」
「は?」
「信長様が…嘘を吐くから…遊女の方と会っていらしたこと、私に隠そうとなさるからっ…」
「なっ…それは…っ、あれは仕事だ、本意ではない。貴様、秀吉から事情は聞いたのだろう?ならば良いではないか」
「良くないですよ!お仕事でも…あんな風に女人と抱き合う信長様を見るのはすごく嫌だった。それを私に隠そうとなさる信長様はもっと嫌でした。秀吉さんは事情を説明してくれたけど…私は貴方の口から直接、訳をお聞きしたかった」
「くっ…隠そうとしたわけではない。貴様に余計な心配をかけたくなかっただけだ」
フイっと拗ねたように視線を逸らす信長様は可愛かったけど…やっぱり、このモヤモヤした気持ちのままでは私も素直になれなかった。
「私を気遣って下さったことは嬉しいです。でも…隠し事は嫌です」
「っ…ならば貴様は、仕事だと言えば俺が遊女屋へ行くと言っても平静でいられたのか?世の中には聞かずとも良いことはある。俺とて隠し事は好かんが、時には敢えて伝えぬ方がよいこともあるのだ。やましいことなどなくとも、な」
「それは……」
信長様の言うことは間違っていないのかもしれない。
例え仕事だと聞いていたとしても、私はきっと嫉妬に駆られ不安を抑えられなかっただろう。
それでも…やっぱり嫌なものは嫌なのだ。
「信長様っ、私はやっぱり…っつ!きゃあっ…!」
意を決して俯いていた顔を上げた時、ピカッと禍々しい稲光りが予期せず弾け、障子をカカッと明るく照らし出した。
「ひっ…いやぁ…」