第26章 あなたに恋して
「っ…離して、秀吉さん」
「ちょっと落ち着け、な?落ち着いて俺の話を聞いてくれ。誤解なんだ。御館様は浮気なんてなさってない。御館様が遊女と会われてたのは、市中の情報を得るため…それだけなんだよ」
「情報……?」
「遊女屋の客は領地内外から集まる男達だ。そういう場では噂話が集まりやすい。その、一夜限りの女が相手となれば、閨の中での男の口も軽くなるしな…大事な秘密もつい明かしちまうってわけだ。だから…遊女屋の連中には日頃から協力してもらってるんだ」
「っ…そう、なんだ…知らなかった。でもっ、情報を得るだけなら信長様がわざわざ出向かなくても…」
「っ…そうだ、その通り…俺でも光秀でもいい。いいんだが…ダメなんだ」
「えっ?」
ガックリと項垂れる秀吉さんは、本当に心苦しそうだった。
「御館様が会っておられた遊女は、その店の一番人気の女で贔屓の客も多い。情報も一番得やすい女だが…これが、その、御館様にぞっこんでな。御館様でなければ大事な話はしないと言うんだ。命令だと言って無理矢理に従わせることもできるんだが、安土の女にそんな無体なことはしたくないしな。
御館様自らに諜報任務をしていただくなど、畏れ多いことだが…」
「そう、なんだ……」
(諜報任務…そう言えば光秀さんも去り際にそんなことを言っていたような気がする。じゃあ、あれは本当にお仕事だったの…?)
「だからな、御館様とその遊女は、やましい関係じゃない。会うのは単なる仕事の一貫だ。どうしても今日伝えたい情報があると言われては出向かないわけにはいかなくてな…御館様に遊女屋に寄っていただくようお願いしたんだ。お前との大事な逢瀬の時間を邪魔することになって詫びのしようもないが…本っ当に悪かった。すまんっ!」
秀吉さんは、再び勢いよく頭を下げる。
事情は分かったが、それでも私の心は完全には晴れなかった。
けれど、秀吉さんにこれ以上謝られるのは忍びなくて……
「秀吉さんっ…もういいよ。分かったから、そんなに謝らないで」
「いや、俺が代わりに行けばよかったんだ。仕事とはいえ、恋仲の相手が遊女屋へ行くなんて、やっぱり嫌だよな」
「それは…そうだけど…」