第26章 あなたに恋して
「朱里……?」
信長様の目が気遣わしげに顰められ、私の肩口へ触れんと腕が伸ばされる。
「っ…嫌っ…!」
触れられたくなかった。
今触れられたら、きっと感情が止まらなくなる。
自分でも理解できない、説明できない複雑な感情が溢れ出て、取り返しがつかなくなりそうで怖かった。
「朱里、貴様っ…」
振り払われた手を中途半端に彷徨わせ、信長様は表情を険しくする。
戸惑いや不満がないまぜになったようなその表情に、私もまた胸がツキっと痛んだけれど、どうしようもなかった。
「……信長様の嘘つきっ!」
「っ…朱里っ、待て…」
引き止める声を振り切って駆け出した。
狭い路地裏を一直線に駆けて、どこをどう通ったのかも夢中過ぎて分からなかったが、奇跡的に何とか大通りに出た。
そのまま立ち止まることなく城へと足を向ける。
女の足で駆けたところで容易に追い付かれそうだと思ったが、何故か信長様に追い付かれることなく城門まで辿り着いた。
「朱里っ!?そんなに息切らして…どうしたんだ?顔色も悪いし、御館様は…一緒じゃないのか?」
夢中で駆けて、上がった息をはぁはぁと整えながら城内へ向かっていると、秀吉さんに声を掛けられた。
「秀吉さん…」
「何かあったのか?っ…お前っ…」
優しい秀吉さんの顔を見た途端、目頭がじわりと熱くなって……
「っ…ふっ…ひ、秀吉さん、私っ…」
抑えていたものが堰を切ったように溢れ出し、止まらなくなる。
秀吉さんは、突然安土に連れてこられた私を何かにつけて構ってくれた人で、実の兄のようにいつも優しく世話を焼いてくれる。
実際には私には腹違いの兄しかおらず、その兄ともそれほど親しく接してはこなかったから、秀吉さんが本当の兄だったらどんなに良かったかと、安土に来て以来何度もそう思ったものだ。
秀吉さんは、私が信長様と恋仲になってからも変わらずに接してくれ、見守ってくれている。
(秀吉さんといると安心する。この、信長様に対するモヤモヤとして晴れない嫌な気持ち…秀吉さんなら聞いてくれるかな…?)
「っ…泣くな、朱里っ…一体何があった?御館様と喧嘩でもしたのか?…って、そ、そうなのか?喧嘩?何が原因だ?ん?」
『喧嘩』と聞いて益々涙を溢れさせる私を見て、秀吉さんはオロオロと狼狽えながらも、優しく頭を撫でて慰めてくれた。