第26章 あなたに恋して
「何をそんなに落ち込んでいる?」
「そ、それは…落ち込みもしますよ。だって、あんなの…」
本当は見たくもなかったが、チラッと信長様の方へ視線をやると、先程よりも見ていられない状況になっていて……女は店先だというのに大胆にも信長様の首に腕を回して抱き着いていた。
信長様の方も拒絶する素振りはなく、女の腰に手を添えている。
うっとりと信長様を見つめる女が嬉しそうに口元を綻ばせる。
そのぽってりと艶やかな唇には目にも鮮やかな赤い紅が引かれていて、大人の女の色香に溢れていた。
「っ……」
「ほぅ…御館様も隅に置けないな。遊女を手玉に取るとは…」
「遊女……」
(用事があるって仰ったのに…お仕事じゃなかったんだ。私との逢瀬の合間に遊女と逢引をなさるなんて…っ…でも…信長様はそんなことをする方じゃ…)
「っ…くっ…」
様々なことが頭を過ぎり、胸が苦しく、涙が出そうになって、気付かぬうちに唇を強く噛んでいた。
悲しみなのか口惜しさなのか、自分でも理解できない感情に心が強く揺さぶられる。
どうすればいいのか分からず、目を逸らし俯いて堪えることしかできない自分が情けなくて惨めだった。
すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたかったが、光秀さんの手前、そういうわけにもいかなかった。
「やれやれ…諜報任務は俺の専売なのだがな。御館様の手を煩わせることになるとは…我ながらとんだ失態だ」
「えっ…?」
溜め息混じりの光秀さんの言葉に俯いていた顔を上げると、光秀さんは優しげな顔で私を見つめていた。
いつものように揶揄われて意地悪の一つも言われるかと身構えていたのに、意外だった。
「光秀…さん…?」
「そんな顔をするな。御館様はお前を裏切るような真似はなさっていない」
「っ…でもっ……」
決定的な浮気現場?を見てしまった私としては、そんな言葉は俄には信じられない。
(そ、それは確かに殿方からしたら遊女と抱き合うぐらいは裏切りじゃない、って言われるかもしれないけど……私は…信長様が他の女人に触れるのも触れられるのも…どちらも嫌だ)
嫌だ、辛い、苦しい…自覚した負の感情がぐるぐるとお腹の中で蠢いて大きくなっていく。
「……やっぱり嫌だ…」
本音がポツリと口から零れ落ちた。
嫉妬と独占欲
初めて感じるその感情に戸惑い、自分で自分が分からなくなっていた。