第26章 あなたに恋して
「……えっ?」
(あれ、信長様…?)
人も疎らな小さな通りの奥の店先に、見覚えのある人影が見えた気がして目を凝らすと、それはやはり信長様だった。
信長様は扇子を弄びながら店先で腕組みをして立っていた。
(あんなところで何を…あそこは何のお店なんだろう…)
声を掛けるべきか、一瞬躊躇ってしまう。
道に迷い、藁にも縋る思いだった私は、恥を偲んで信長様に助けを求めるべきか迷ってしまった。
(ここで信長様に声を掛けないと自力で帰れないかもしれないし…それは困る。でも、勝手にこんなところまで来て、って、きっと怒られる…)
心の中で葛藤している間も、信長様は店先に立ったままで中に入る様子はない。
(一体何をなさって…っ…!?)
不審に思ったその時だった。
店の中から白いほっそりした手が伸びてきて…信長様の腕に絡みついたかと思うと、一人の女が信長様の身体にしなだれ掛かったのだ。
(ええっ…だ、誰?)
派手な色柄の着物を着崩した女は、信長様に自身の身体を擦り寄せるようにしなだれ掛かり、熱っぽい目で信長様を見つめている。
着崩れた着物の袷からは色白の肌が大胆にも露わになっているが、気にする素振りも見せず、寧ろ信長様に見せつけるように身体を寄せている。
(な、何?何なの、あれ??っ…信長様、どうして…)
一方的に迫られているのかと思いきや、信長様は自ら女の耳元へ唇を寄せ、何事か囁いている。
耳朶に唇が触れそうな距離で囁かれるのは甘い睦言なのだろうか…女の表情が次第にうっとりとしたものに変わる。
(っ…私、何を見せられてるんだろう…こんなの、ひどいっ…)
見ていられなくなって、その場から逃げ出そうとクルリと踵を返したが……
ードンッ!
「っ…痛っ…」
「おやおや、こんなところで小娘に会うとはな」
いつの間に背後に立っていたのか、振り向いた私がぶつかったのは光秀さんだった。
「光秀さん!?どうしてこんなところに?」
「それはこちらの台詞だ。盗み見とは良い趣味だな」
光秀さんは信長様達の方へチラリと意味ありげな視線を投げかけてから、意地悪そうに私を見る。
「ち、違います!盗み見なんてしてません…っ…見たくて見たわけじゃ…」
(私だって見たくなかったよ…こんな…信長様の…浮気現場?なんて…)
途端に胸がきゅーっと苦しくなって下を向く。