第26章 あなたに恋して
「ありがとうございました!」
何度も礼を言いながら頭を下げる母親の隣で、その手を強く握り締めて立つ男の子。
その安心しきった様子に、私もまた安堵の吐息を吐く。
(見つかってよかったな。でもかなり離れたところまで来ちゃった。信長様、まだ戻っていらっしゃらないといいんだけど…)
人助けだったとはいえ結果的に信長の言い付けを破って、場を離れてしまった。
去っていく親子を見送ってから、私は辺りを見回した。
男の子の母親を探して通りを歩くうちに、いつの間にか茶屋からもかなり離れたところまで来ていたらしい。
見慣れぬ通りの様子に焦りを覚える。
安土に来て間もない私は、この時になって初めて自分がまだこの地に詳しくないのだということを自覚したのだ。
「……あれ?ここ、どこだっけ?」
安土の城下は、城へと続く大通りの他にいくつも小さな通りが入り組んでいて、私はその内のどこかにいるようなのだが、それは今日信長様と歩いたどの通りでもなかった。
(っ…どうしよう、今度は私が迷っちゃったかも…)
「と、とにかく、大通りに出ないと…」
大通りに出れば城まで一本道だ。最悪の場合、一人でも帰れるはずだ。
(信長様を置いて勝手に一人で帰るなんて、できれば避けたいけど)
人の往来も多いから、茶屋へ戻る道を聞くこともできるだろう。
そう思った私は、内心焦りながらも賑やかな通りを目指して歩き始めた。
だが、その焦りが益々判断を鈍らせて道を誤らせることになるとは……この時の私には思いも寄らなかったのだ。
(っ…これは…完全に迷子だ、私…)
路地裏と言ってもいい小さな通りに迷い込んだ私は、行く手を阻む板塀を前に呆然と立ち竦む。
迷い込んだ先は、またも行き止まりだった。
(さっきからこんなのばっかり…全然、大通りに出られないっ…)
同じ所をぐるぐる回っているのだろうか、この辺りは先程見たような気もするが…少し違うような気もするのだ。
早く戻らないと信長様が……
気持ちばかりが焦ってしまい、そうなると気もそぞろになり、周りが見えなくなっていた。
(どうしよう…誰か、道を聞ける人を…)
もっと早めに道を聞いておけばよかったと自分の愚かさを呪いながら、キョロキョロと辺りを見回したのだが……