第26章 あなたに恋して
待ち合わせ時間よりも少し早めに城門の前に行くと、純白の羽織を纏った信長様とその傍に控える秀吉さんの姿があった。
「信長様っ…」
慌てて駆け寄る私を見て、信長様はくっと口角を上げて笑ってみせる。
「すみません、お待たせしてしまって…」
「構わん。俺が少し早めに来ていただけだ」
鷹揚に言いながら、信長様の視線が私の頭の方で止まる。
「その簪、よく似合っている。銀細工の輝きが貴様の黒髪に映えるな」
信長様が手を伸ばし、指先で簪の飾りに触れると、シャランッと涼やかな音が鳴る。
簪に触れた指先はそのまま髪に触れ、滑るように撫でていく。
「っ…あ…信長様…」
髪を撫でながら甘やかに見つめられて、視線を反らせなくなる。
(んっ…髪…気持ちいい。それにこんなに熱っぽく見つめられたら…おかしくなりそう)
ここが外だということも忘れて、時が止まったかのように互いに見つめ合ってしまう。
……と、それを遮るかのように、ゴホンッと場違いなわざとらしい咳払いが聞こえた。
「ゴホッ…あ、えー、その、御館様?」
「……何だ、秀吉。まだおったのか?とっくに城内へ戻ったものと思っておったぞ」
「なっ…ま、またそんな意地の悪いことを仰って…御館様が無事お出かけになるまでは、この秀吉、お傍を離れるわけには参りません!」
「分かった、分かった。全く…暑苦しい奴め。さっさと下がれ」
「なっ…で、では御館様、例の件はその、後ほどということで…くれぐれもお願い致しますね?」
「ああ、分かっておる」
「じゃあ、朱里、ゆっくり楽しんで来いよ」
「あ、う、うん…」
秀吉さんはいつもの優しい顔で微笑んでから、城内へ戻っていく。
いつもどおりの面倒見の良い兄のような秀吉さん。
けれど、どことなく笑顔がぎこちないような気がして…私はその僅かな違和感を拭えぬまま、去っていく秀吉さんの背中を見送った。
(秀吉さん…何か隠してる?信長様に言ってた例の件って…何のことだろう…?)
去り際に聞いた秀吉さんと信長様の会話が妙に気になって信長様の表情を窺うが、信長様はもう秀吉さんのことなど気にも留めていない様子であった。
「朱里、行くぞ」
当然のように差し伸べられた手に、先程の疑問を忘れてしまうほど嬉しくなった私は、弾む気持ちを胸に秘め、その手に自分の手をそっと重ねた。