第26章 あなたに恋して
ある日の昼下がり
私は久しぶりに信長様と城下へ逢瀬に来ていた。
連日、政務に視察にと忙しくされている信長様とは、恋仲になってからも二人きりで過ごせる時間は少なくて…我が儘を言ってはいけないと頭では理解していても、ここ数日ずっと心の内ではやはり寂しい気持ちが燻り続けていた。
そんな私の胸の内を慮って下さったのだろうか、今朝の朝餉の席で思いがけず逢瀬のお誘いをいただいたのだ。
急なことだったが、愛しい人からの逢瀬のお誘いだ、嬉しくない訳がない。
朝餉が済み、自室へ戻った私は、侍女の千代が呆れるほどに浮かれていた。
「ねぇ、千代、簪はこれとこれ、どちらがいいと思う?お忍びだし、小袖はあまり華やか過ぎないものにしたいんだけど…簪はどうしよう?これだと派手過ぎるかしら?」
シャラリと揺れる銀細工の飾りが付いた簪を髪に当てて鏡越しに千代の反応を見る。
「よくお似合いですよ、姫様。ふふ…姫様のお美しさには、それでも地味なぐらいですわ。それにしても、ようございましたね。急なお誘いでしたけど、ゆっくりお過ごしになれるといいですね」
「うんっ!今からとっても楽しみなの」
待ち合わせの時刻にはまだ早いが、今から楽しみで仕方がない。
小田原から安土へ来て以来、毎日をお城の中で過ごすことの多い私は、城下へ行くこと自体が久しぶりなのだ。
安土の城下は信長様のお膝元であり、京や堺、果ては遠く異国からの珍しい品々が次々に入って来ていて、人の往来も盛んだった。
信長様に連れて行ってもらうたびに新しいお店ができていたりして変化に尽きない城下の様子を久しぶりに見られることに、想像するだけで心が浮き足立つ。
(今日は何か新しい発見があるかしら…ああ、楽しみ。でも、やっぱり一番楽しみなのは信長様と二人だけで過ごせること…)
楽しい時間を期待して自然と綻んでしまう頬を押さえながら、朱里は鏡に映る自分の姿を満足げに見るのだった。