第25章 それを恋と呼ぶなら
(嘘っ…こんなはずじゃ…)
心の中でひどく焦りながら、白石が優勢になった盤上を睨む。
もう随分長い時間、盤の上を穴が開くほど睨んでいるが、一向に次の手が浮かばない。
盤を挟んで反対側に座る信長様は、表情を変えずに手の内で碁石を弄んでいる。
カチッ、カチッ…と碁石が擦り合わされる音だけが響き、それがまた私の焦りを助長する。
こんなはずではなかった。
打ち始めは、先手を取った私の方が優勢だったのだ。
それが気が付けばいつの間にか逆転されていて、どこで打手を間違えたのかも分からなかった。
こんな風に圧倒的に打ち負かされるなど初めてのことで、それだけでも焦りを覚えてしまい、いくら考えても良い打手など思い浮かばなくなっていた。
「どうした、もう打たぬのか?」
それまで長らく無言で私が次を打つのを待っていてくれた信長様が、弄んでいた碁石を徐ろに碁笥の中に戻しながら問う。
きっともう結果は分かっておられるのだろう。
「………っ、はい。もう打てない…私の負けです」
きっとまた鼻で笑われる…秘かにそう覚悟したが、がっくりと項垂れる私を見ても信長様は笑わなかった。
「なかなか良い打ち筋だった。途中、あの一手で崩れねば、どうなっていたか分からんな。貴様、随分と打ち慣れているように見える」
「囲碁は幼き頃から父に習っておりましたから…でも、信長様がこんなにお強いとは思いませんでした。私、どこで打ち間違ったのかも分かりませんでしたもの…完敗です」
「そう落ち込むほどでもない。俺に囲碁で勝てる相手など、この安土にはおらんからな」
「なっ…そういうことは先に言っておいて下さい!少しぐらい手加減して下さるとか…」
「勝負は公平でないとつまらん。俺は手加減など一切せん。囲碁も戦も同じだ。貴様も手加減されるなど、真は嫌なのではないか?」
「っ……」
図星だった。
負けず嫌いな私は、人に手加減されることが嫌いだった。
囲碁には多少なりとも自信があったから、負けてしまったが信長様が真剣勝負をしてくれたことは嫌ではなかった。
(信長様はそれを見抜いて…?)
「だが今宵は久しぶりに楽しめた。また相手になれ」
「は、はい…」
信長様は満足そうに言うと、碁盤を横に退けて、また盃に手を伸ばす。
月を見上げながら盃を傾ける信長様の冴え冴えとした横顔を、私はぼんやりと見つめる。