第25章 それを恋と呼ぶなら
恥ずかしくて下を向く私に、信長様は何も言わず、盃に残っていた酒をくいっと飲み干すと、空の盃を私の顔の前に突き出した。
「……?」
「貴様も飲め」
「えっ…あ、はい。ありがとうございます」
両手で恭しく盃を受け取ると、信長様は盃に控えめに酒を注いでくれた。
そろそろと口を付けると、予想外にそれほど強くはなかった。
それでも一気に飲むのは躊躇われて、ちびちびと口を付ける。
その様子が可笑しかったのか、またもや鼻で笑われる。
「酒は苦手か?」
「っ…そういうわけでは…人前で酔いたくないだけです」
「ふん…貴様は顔に似合わず気が強いのだな」
「…………」
(うっ…気不味い。可愛くない女って思われちゃったかな。会話も続かないし…)
緊張して会話が続かない。
そもそも天下人を相手にして気の利いた話題など、私にあるわけもなかった。
信長様の方も特に何を話すわけでもなく、盃を干し、時折空を眺めるなどして、暫くは互いに無言で時を過ごしていたが……
信長様は徐ろに立ち上がると、私の横を通り抜けて室内へと入っていく。
その場を片付けて私も中へ入るべきなのかと戸惑っているうちに、信長様は再び戻って来た。
(えっ…!碁盤!?)
戻って来た信長様は立派な碁盤を持っていたのだ。
「碁はできるか?一局、付き合え」
そう言うと、私の返事も待たずに準備を始める。
碁の嗜みはあった。北条の父が好きで、幼い頃から父に指南を受けていたから、女ながらに人並み以上の腕前だという自負はある。
信長様は碁盤の準備を終えると、躊躇うことなく白石を取る。
(…ということは、私が黒石で先手なのね。信長様の囲碁の腕前は知らないけど…相当お強いのかしら)
「ただ打つだけではつまらんな。何か賭けるか…」
「賭け…ですか?」
「ああ、勝負事は褒美がないとつまらんだろう?そうだな…負けた者は勝った者の願いを一つ聞く、というのはどうだ?」
(それって褒美じゃなくて罰じゃない??願いを一つ、なんて、とんでもない願い事されたらどうしよう…)
「そ、それはちょっと…」
「なんだ、俺に勝つ自信がないのか?」
ふふん…っとまたもや鼻で笑われる。
その自信たっぷりで上から目線の態度にカチンときてしまった私は、深く考えずに言い返してしまったのだ。
「いいですよ。この勝負受けて立ちます」