第23章 怪我の功名
「あっ…遅くにすみません。家康が戻って来るのを待っていたらこんな時間になってしまって…どうしても今夜中にと思ったもので」
言いながら、そっと褥の傍に寄ってきた朱里の髪からふわりと華のような香りがする。
洗い髪に付けた香油の香りだろうか、思わず、湯浴みの後の朱里のしっとりとした肌を想像してしまい、身体の奥がカッと熱くなる。
信長は、欲を誤魔化すように小さく咳払いしてから、何でもないように言う。
「家康は今宵、駿府から戻る予定であったか…」
「はい。今日はもう遅いので、報告には明日登城するって言ってました」
「……家康に会いに行ったのか?」
(こんな遅い時間に?恋仲でもない男の御殿を訪ねただと…?)
「は、はい…御典医の東庵先生は今日は戻られないと聞いていましたから、どうしても家康にお薬をお願いしたくて…これ、捻挫に効く塗り薬と痛み止めの薬湯です。やっぱり腫れてきてますか?」
朱里は帛紗に包んだ薬を大事そうに懐から取り出し、信長の足首を心配そうに見遣る。
「案ずるなと言っただろう?俺のことより自分のことを考えよ。このような時間に城を抜け出し、男のところへ行くなど…何かあったらどうするのだ!」
「何かって、何ですか??大丈夫ですよ、家康の御殿は近いですし、薬を調合してもらってすぐに戻りましたから。護衛の方にもついて来てもらったので、危ないことなど何もなかったですよ?」
「近いとか、そういう問題ではない」
「……仰っている意味がよく分かりませんけど…あの、お薬…お塗りしてもいいですか?」
早く薬を塗って差し上げたい。
少しでも早く良くなるように…そう願うばかりであるというのに、こんな問答が始まるとは……もどかしい。
「む…貴様……まぁ、よい。では、早くしろ」
色々と問い詰めたい気持ちで一杯だったが、手ずから薬を塗ってくれるという朱里の申し出は非常に魅力的であったので、信長はそれ以上何も言わずに褥の上でグイッと足を突き出した。
「失礼します」
一声掛けてから、朱里はそおっと信長の足に触れる。
壊れ物に触れるかのような慎重さで足首に巻かれた包帯をスルスルと外していき、全て外し終わると悩ましげにほぅっと息を吐いた。