第3章 はじめてのおつかい
困った、困った、と言い合う父と母の間で、結華は困惑したように立ち尽くしている。
「ちちうえ、びょうきなっちゃうの?いやぁ〜」
結華は、びいどろの小瓶を握り締めたまま、ぎゅうっと信長様にしがみつく。
今にも大きな目から涙が溢れそうになっているのを見て、チクッと胸が痛むけれど……
そんな結華を抱き締めて頭をよしよしと撫でてから、信長様は結華の目をじっと見つめて優しく語らう。
「……結華、父の為に、城下に行って金平糖を買ってきてくれぬか?」
「えっ?結華が行くの?ひとりで行くの?」
「そうだ、父も母も行けぬから、結華が行ってきてくれぬか?」
「え〜〜ひとりで〜?…千鶴は?いっしょに行ける?」
「……千鶴も今日はいないから、結華一人で、だ。いつも行ってる菓子屋さんだ、結華もよく知ってるだろう?
ほら、いつもおまけのお菓子をくれるだろう?」
「うんっ!結華ひとりで行ったら、おまけいっぱいくれるかなぁ?」
「おおっ、沢山くれるぞ ( 早速、店主に命じておかねば…)」
「じゃあ、ひとりで行く〜!」
おまけのお菓子が貰えると聞いて、俄然行く気になった幼い娘の姿を見て、父と母は、心の中でほっと安堵の溜め息を吐いたのだった………
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遡ること数日前
「駄目だ、駄目だ、絶対に許さん。
貴様、正気か?結華はまだ三つだぞ?
一人で城下へおつかいに行かせるなど……何かあったらどうするのだっ!
あんなに可愛いのだぞ?拐われでもしたら何とする?」
結華の『はじめてのおつかい』の話をした途端、烈火の如く怒り出した信長様を前に、私は呆気に取られて言葉を挟めずにいた。
眉間に皺を寄せて鼻息も荒く、『絶対反対』の言葉を捲し立てる信長様の剣幕に、半ば呆れつつ、さて、どうやって説得しようかと頭を悩ませる。
事の発端は、私が侍女達から聞いた子育ての諺だった。
『可愛い子には旅をさせよ』
我が子が可愛いなら、小さいからといって親の元に置いて甘やかすことをせず、世の中の辛さや苦しみを経験させたほうがよい、という諺。
さすがに旅は無理だけど、城下へのちょっとしたおつかいならできるんじゃないか…結華は三歳だけど、信長様に似たのか、歳の割にはしっかりしているし…と思い、『結華のはじめてのおつかい』を信長様に提案したのだった。