第3章 はじめてのおつかい
ある日の朝
広間での朝餉を終えた後、天主の文机の前で、書簡に目を通しておられる信長様から少し離れたところで、私と結華は『あやとり』をして遊んでいた。
「 ははうえ、はいっ、どーぞっ!」
「う〜ん、あっ、はい、おふねだよ〜」
結華は三歳になり、随分と遊びの幅も増えた。
あやとりもその一つで、一人で遊んだりもするが、こうして二人で取り合う遊びが特にお気に入りのようだ。
最近は、信長様が囲碁も教えておられて、まだ簡単な石取り遊びだが、二人で楽しそうに碁盤を囲んでいる姿が何だか微笑ましい。
「ちちうえ〜、あやとり、取って〜」
「あっ、ダメだよ、結華、父上はお仕事中だから……」
とてとてと小さな足で信長様のもとへと歩いていく結華を、慌てて止めようと声を掛けるが………
結華はあっという間に文机の前まで辿り着き、信長様に向かってあやとり紐を絡ませた手を突き出していた。
「ん? んー、では…これでどうだ?」
「うわぁ!!ははうえ、見て〜、すごいよ〜!」
「の、信長様……こ、これはっ…」
「ふっ…安土城だ」
(安土城!?そんなあやとり、ないんですけど??)
信長様の相変わらずの多才っぷりに驚愕しつつも、私は気を取り直して、信長様にチラリと流し目を送る……
それを見て信長様は、打ち合わせどおり、パチリと片目をつぶって見せてくれる…結華に気付かれぬように。
「……結華、すまぬが、あそこの棚から金平糖の入った小瓶を取ってきてくれぬか?」
「いいよ〜」
信長様が指差した棚に向かって、嬉しそうに歩いていった結華は、棚を覗き込んでキョロキョロしていたが…やがて困ったような泣きそうな顔をしてこちらを振り向いた。
「ちちうえ……こんぺいとう、ないよ…」
結華は、中身が空っぽの、びいどろの小瓶を両手に持って、訴えるように見せている。
「何?もう空っぽか…困ったな、父はあれがないと病気になってしまうのだが……今日はこのとおり、お仕事が忙しいのだ。城下に買いに行きたくても行けないし、あぁ、困ったな…」
(うっ…信長様っ…金平糖がないと病気になるって…大袈裟な…)
「まぁ!それは大変!父上が病気になっては困るわ…でも、母上も今日は秀吉さんに頼まれた用事があるから、買いには行けないのよ……あぁ、困ったわ…」
「…………………」