第21章 誕生日の朝に
「………貴様が勝手にいなくなるからだ」
「……え?」
ボソッと呟かれた声はひどく頼りなくて、自信に満ち溢れたいつもの信長様らしくなかった。
「俺に黙って寝所を出るなど、許し難い」
「ええっ…だって、ぐっすり眠っておられたから…起こすのは悪いな、って思って…」
「で、どこに行っていたのだ? 言え」
「あ、それは、その……」
グッと顔を近づけられて至近距離で問い詰められてしまい、しどろもどろになってしまう。
それが余計に不信感を煽ってしまったのか、信長様の顔が益々険しいものになっていく。
「言えぬのか?ならば、言えるようにしてやるまでだが…」
「や、違っ…あの、そのぅ…朝餉の支度をしに、厨へ行ってたんです」
「は?何故、貴様が朝餉の支度などするのだ?女中らの仕事だろう?貴様がわざわざ早く起きてまですることではない」
「だって…今日は信長様のお誕生日だから…」
「っ……」
「夜は例年どおり宴が開かれて豪華な料理がたくさん用意されますけど、誕生日の朝は私の手料理を食べていただきたかったんです。
一緒に朝餉を食べて、ゆっくり過ごせたらいいな、って思って。
今日は昼間は謁見でお忙しいでしょうし、夜の宴ではきっと皆のお祝いに囲まれて、二人だけの時間は過ごせないだろうから、せめて朝だけは信長様を独り占めしたくて……
でも、黙って抜け出してごめんなさい。心配…して下さったのですか?」
「くっ……」
(心配…とは少し違うな。俺は…淋しかったのか?この俺が一人で目覚めるのが淋しいなどと、甘っちょろい感傷に囚われるとはな)
朱里と褥を共にするようになるまでは、眠れぬ夜を一人で過ごし、夢現の如き僅かな微睡みを経て、夜明けを迎えていた。
淋しいなどという感情は、遥か昔に何処かに置き忘れたままで、もはや己の中には存在し得ないものだと…そう思っていた。
(朱里といると、ずっと忘れていた感情が自然と思い出されて、心の中が温かく満たされるようだ)