第20章 お返しは貴方の愛で
信長が包丁を手に皮剥きに取り掛かろうとしている姿を、戸の隙間からこっそりと窺う怪しい人影が……
(あぁっ…御館様っ…里芋なんて、つるつる滑って危ないもんを…あぁ…あんな持ち方なさったら危険だぞっ…)
覚束ない手付きで里芋の皮を剥こうとしている信長を、秀吉はヒヤヒヤしながら見守っていた。
そっと細めに開けた戸を、今にも開け放って中に飛び込んで行きたくて堪らない。
(俺の御館様が…芋の皮を剥いておられる。敵を容赦なく一刀両断になさる、あの御方が…小さな芋の皮を…なんて畏れ多いっ!)
「さすが信長様ですね。初めてとは思えない。早いし、上手く剥けてますよ」
政宗が御館様を褒める声が聞こえてくる。
(おぉっ…もうあんなに剥かれたのか!さすがは御館様!何をなさっても完璧だな!…って、まだあるのか!?次は蓮根か…あんな固いもん、まな板の上で滑って手でも切られたら…あぁ、御館様…)
「…………秀吉さん?そんなところで何してるの??」
厨の中を食い入るように覗き込み、信長の一挙手一投足に身悶えていた秀吉は、背後から急に呼びかけられて、飛び上がらんばかりに驚いた。
「しゅ、朱里!?ど、どうした?」
思わず声が上擦る秀吉を、朱里は不審そうな目で見る。
「秀吉さんこそ、どうしたの?厨に用事?中、政宗がいるでしょ?今宵は宴があるって聞いたよ。私、政宗を手伝おうと思って来たんだけど…」
そう言う朱里は動きやすそうな小袖姿で前掛けを手に持っていて、政宗の手伝いをする気満々で来たようだった。
元々、料理をするのが好きな朱里は、御館様の妻になっても変わらず厨に入って厨番たちの手伝いをしたりしているのだ。
朱里のそういう飾らない振る舞いは、城の者達にも好意的に受け止められていて、皆が微笑ましい気持ちで見守っていた。
(政宗を手伝おうって…ほんと、朱里はいい子だよな。けど、今日はダメだっ…御館様の料理のことは内緒にしとかないと…)
信長が朱里のために料理を作っていることは、朱里には秘密なのだ。
今宵、宴があるということは伝えてあるが、何の宴か、など詳しいことは全く知らせていなかった。
朱里の、驚き、喜ぶ顔が見たいという信長の願いは、皆の共通の願いでもあったのだ。