第20章 お返しは貴方の愛で
横から伸びてきた政宗の手に、洗いかけの米を器ごと引ったくられる。
「っ…何なのだ、一体…」
「これです、これ。この米の研ぎ汁がいるんですよ」
「…………?」
訳が分からず、政宗の手元を凝視していると、政宗は濁った米の研ぎ汁を鍋に移し、その中へ外皮を剥いたばかりの筍と鷹の爪を入れて火にかけたのだ。
「おい、そんな濁った水で炊くのか?」
「米の研ぎ汁に鷹の爪を入れたもので炊くと、筍のアクが取れるんですよ。アクのある食材は下処理が大事なんです」
「なるほど…なかなかに手間の掛かるものだな」
日頃は厨を訪れることもないので、こんな風に手間を掛けて調理されたものが己の日々の膳の上に並べられているのかと思うと、何とも言えない感慨深さを感じる。
(米を研ぐにしても、どれぐらい研げばよいのか目安も分からんし、捨てるとばかり思った研ぎ汁が役に立つとは……料理とは思っていた以上に奥が深い。やり始めると色々と工夫もしたくなるのだろう…政宗が料理を好むのも分かるな)
新しいものが好きで、未知の知識への探究心が旺盛な信長にとっても、料理というものが非常に面白いものに思えてきた。
休む間もなく、次は根菜の皮を包丁で剥く。
信長は、まな板の上に里芋を並べて包丁を手にする。
秀吉の言うとおり、信長はこれまで一度も包丁など握ったことがなかったのだった。
だが、朱里が包丁を扱うところを見たことがあるし、見よう見まねでも何とかなるだろうと気楽に考えていた。
(秀吉は心配過ぎなのだ。そもそも政宗が出来て、俺が出来ぬはずがなかろうに…)
朱里は日頃から暇があれば厨に行き、信長に手料理を振る舞ってくれる。
朱里と出逢うまで、愛しい者が自分のために手料理を作ってくれるということがなかった信長にとって、朱里が作った料理を二人で食べる時間というのは、嬉しくもあり、何とも言えない面映さもあった。
それが今日は逆に信長が愛しい者のために手料理を作るのだ。
それもまた初めてのことであり、信長の手料理を前にした朱里がどんな反応を示すだろうかと想像するだけで面映く、擽ったい気持ちになる。
(朱里は俺が作った料理をどんな顔で食べるだろう…)