第20章 お返しは貴方の愛で
「あの、秀吉さん?そこ、通してもらえる?」
厨の中に入りたそうにする朱里を、秀吉は慌てて押し止める。
「い、いや、その…料理の方の手伝いは間に合ってるみたいだぞ。朱里は今宵の準備をしたらどうだ?着物とかはもう決めたのか?」
「えっ…決めてないけど…まだ昼過ぎだし、支度するには早過ぎるでしょ?」
呆れたように言う朱里に、秀吉は必死で訴える。
「いやいや、早過ぎない。全然早過ぎることなんてないぞ。今宵はとびきり綺麗に着飾って御館様の前に出ないとな」
「えーっと?……今宵は一体、何の宴なの??」
「い、いや…それは、その…」
「う〜ん、秀吉さん、何か隠してる?本当に、こんなところで何してるの?そういえば、信長様も昼餉の後から姿が見えなくなったんだけど…どこに行かれたのか、秀吉さんは知ってる?」
「えっ、ええっ…御館様か?御館様はそのぅ…」
(何だ何だ…今日の朱里はやけに鋭いな。いや、俺の態度が不信感を煽ってるのか?いかん、このままでは…)
「秀吉さんっ!」
秀吉の煮え切らない態度に痺れを切らした朱里が声を上げる。
「朱里、取り敢えず部屋へ戻ろう、な?ほら、行くぞ」
「えっ、ちょっ…待って、秀吉さん…私、政宗の手伝いを…」
「いいから、いいから…お前は今から念入りに着飾れ。御館様がびっくりなさるぐらい綺麗にな」
「ええぇっ……」
嫌がる朱里の腕を取って、廊下を無理矢理に引き摺っていく。
多少強引だが、宴で朱里を喜ばせるためには仕方がない。
秀吉は、こっそり隠れて厨の中の信長の様子を窺っていたことも忘れ、ドタバタと大きな足音を立てて廊下を進んでいったのだった。
「今のは………」
「……秀吉と朱里、でしたね」
人参の皮を剥く手を止めぬまま、静かになった廊下の方に視線をやりながら、信長は、はぁ…っと大きな溜め息を吐く。
「彼奴ら、何をやっておるのだ」
「秀吉のやつ、信長様のことが心配でこっそり覗いてたとはね。まぁ、そのおかげで朱里にバレずに済んだのは幸いでしたけど」
汁物の味を見ながら、政宗がニヤリと不敵に笑う。
「秀吉め、やってくれるわ」
くくっ…と口の中で小さく笑う信長の表情は、この上なく愉しげなものだった。