第20章 お返しは貴方の愛で
「それ以上動いたら、本当に頭ん中、見るから」
「家康様、ご心配いただき、ありがとうございます!」
三成の屈託のない笑顔を見た家康が頭を抱え、はぁ…っと盛大な溜め息を吐いたその時……
スパンっと勢いよく襖が開き、信長が姿を現した。
騒めきは一瞬で止み、各々が居住まいを正す。
いち早く深々と平伏した秀吉にチラリと視線を遣りながらも、一言も発することなく室内へと足を進め、上座に腰を下ろした。
信長の醸し出す圧倒的な存在感で、座の空気が一気に引き締まる。
一日の政務を終えた遅い時刻であったが、その顔に疲れの色は一切見えなかった。
「御館様。このような刻限に急なお呼び出しとは、何事かありましたでしょうか?」
座に着いても、すぐには口を開かない信長に、秀吉は遠慮がちに尋ねてみる。
上座に腰を下ろしたまま珍しく悩ましげな顔をしている信長に、気を遣って皆が何となく話しかけ難くしているのを、秀吉は察していた。
「ん…急なことで悪かったが…皆に相談がある。他でもない、朱里のことだが」
「……朱里に何かあったのですか??」
「今朝会った時は元気そうだったぞ。いつもどおり朝餉もバクバク食ってたし」
「くくっ…あの華奢な身体のどこにあんなに入るのやら…」
「こ、こら、光秀っ!朱里の身体を、そ、そんな風に見るんじゃない!」
「秀吉」
何を想像したのか、焦る秀吉を、上座の信長がジロリと睨み付ける。
「し、失礼致しました、御館様」
「秀吉さん、焦り過ぎです。でも、昼間、俺のところで薬を作るのを手伝ってくれましたけど…普段どおり変わらなかったですよ、あの子」
「私も昼間、お部屋に書物をお届けしましたが、熱心に菓子作りの本を読まれていましたよ。ふふ…また南蛮菓子をお作りになるのでしょうか?」
三成の何気なく言った『菓子』という言葉に、皆は先日、朱里に貰った菓子のことを思い出す。
それは朱里が作った菓子ではなかったが、『ばれんたいん』という異国の催しだと言って、城内の皆に日頃の感謝の気持ちを伝えるとともに、朱里が手ずから準備して渡してくれたものだった。
(城内の家臣や女中たち全員分を用意するのは大変だっただろうに…朱里は本当に心根が優しい子だよな。そういえば、御館様にだけは手作りの南蛮菓子を渡した、って言ってたな)