第19章 情炎〜戦国バレンタイン
夜闇が深まり、薄ぼんやりと行燈の火が揺らめく寝所の中、朱里は一人、考え事をしながら信長が湯浴みから戻るのを待っていた。
視察に行っていた間に政務が溜まっていたこともあり、あの後、信長は執務室に入ったまま、夕餉もそちらで済ましたようで、会うことは叶わなかった。
(信長様が湯浴みから戻られたら、今日のこと、ちゃんと謝って…これを渡そう。私にとって信長様は特別なんだって…ちゃんと伝えなくちゃ…)
膝の上に乗せた包みを大事そうに見つめる。
昨日焼いた金平糖クッキーは、割れないように小さな箱に入れて紅い色和紙で包んであった。
なんと声を掛けようかと思っていたその時、スパンっと勢いよく襖が開いて、夜着に着替えた信長が大股で室内へ入ってきた。
濡れた髪が額に落ち掛かるのを煩わしげに掻き上げながら、チラリと私の方へ視線を投げる。
艶めいたその仕草に思わずドキンっと胸が高鳴って見つめてしまうが、信長様からは興味なさげにプイッと視線を外されてしまう。
「っ…あっ…」
(うっ…信長様っ……)
昼間と同じく全身から怒りを漂わせる信長の様子にズキリと胸が痛み、言葉に詰まってしまう。
「あ、あのっ…信長様、昼間はごめんなさい。勝手なことをして…私、南蛮寺で神父様から『ばれんたいん』のお話を聞いたんです。大切な人に贈り物をして過ごす日だって…だから私、お城の皆に日頃の感謝を伝えたくて、菓子を贈ることにしたんです」
「……………」
「でも…私が一番大切なのは信長様、貴方だから…これ、受け取って下さい!」
朱里が勇気を出して差し出した小さな箱を見ても、信長は表情を変えなかった。冷たく突き放すように言う。
「菓子など…要らんと言っただろう」
「信長様っ…これは皆に渡したものとは違うんです。私が自分で作った南蛮菓子で…」
「要らん」
「っ…信長様っ…どうして…」
「くっ…菓子など要らん。それほどまでに俺に甘いものを食わせたいのなら…貴様を寄越せ」
「は?何、言って…」
言われた意味を理解する前に、私は信長様に腕を掴まれて、ドサッと褥に引き倒されていた。
「きゃっ…あっ…信長様っ、何するんですか!?あぁっ…」
手から溢れ落ちた箱が、ガサっと派手な音を立てて床に転がり落ちる。