第19章 情炎〜戦国バレンタイン
それから、数日後に迫る『ばれんたいん』の日に向けて、私は小さな菓子の包みをたくさん用意することにした。
武将達だけでなく、安土城で働く家臣達や侍女達にも、日頃の感謝を込めて、ささやかでも一人一人に渡したいと思い、色とりどりの干菓子を少しずつ包んだものを渡すことにしたのだった。
「よし、これで全部用意できたぁ!あとは、信長様のだけ…」
皆には同じものを用意した。
けれど、この世で一番大切な人、大好きな信長様には特別なものを贈りたい…その思いが強くなり、信長に渡す菓子だけは自分で作ることにしたのだった。
幸いと言っていいのか分からないが、折りしも信長は数日前から視察のために遠方の国へと出向いていた。
戻りの予定は、ちょうど14日の『ばれんたいん』当日だと、秀吉さんからは聞いていた。
(信長様がご不在でちょうどよかった。ふふ…驚いてくれるかな)
『ばれんたいん』のお話も、当日の催しについても、信長には一切伝えていなかった。
当日まで秘密にして信長様の驚く顔が見たい、と子供のような企みを思いついてしまった私は、ウキウキと浮き立つ心を必死で顔に出さないようにして、視察へ出発する信長様を見送ったのだった。
「よし、じゃあ頑張って作ろう!」
バレンタイン前日の今日、私は信長様へ贈る菓子を作るため、厨へとやって来ていた。
作るのは『クッキー』という南蛮菓子だ。
クッキーは小麦粉、卵、砂糖、バターをざっくりと混ぜ合わせて、丸く形を整えて焼いたもので、甘くてサクサクした歯触りが特徴的な菓子だった。
城に出入りする異国の商人から教わって、クッキーは何度か作ったことがある菓子で、信長様も召し上がられたことがあるものだった。
「ええっと、秀吉さん、確かこの辺りに隠してたはず……」
厨の中にいくつもある棚のうち、最も奥まったところにある棚の奥の奥…この辺りに例のものはあるはずだった。
「………ん、ん?あ、あったぁ…」
踏み台に乗って背を伸ばし、手探りで棚の奥を探っていた私は、目的のものに手が触れた感触に、思わず歓喜の声を上げた。
棚の奥にこっそりと隠すように置かれていた小さな壺の中に入っていたのは、キラキラと小さな星が輝くような、色とりどりの金平糖だった。