第17章 小さな恋人②
「のぶながさま?」
考え事をしていて、らしくもなく、ぼんやりしていたようだ。
朱里が、心配そうにくぃくぃっと小さく俺の袖を引いている。
「どうした?何か欲しいものでもあったか?」
優しく問うてやると、朱里は俯いて何か言いたそうにモジモジし始める。
「ん?どうした、朱里?欲しいものがあるなら遠慮せず言え。何でも買ってやるぞ?」
この安土で俺の手に入らぬものなどない。
朱里は欲がないのか、恋仲になってからも俺に物を強請ることはなかった。
着飾るものも欲しがらず、俺が贈った着物を遠慮がちに、でも嬉しそうに受け取るような、そんな女だった。
「………っこ…」
「ん?何だ?」
「…だっこ!」
「っ……」
両手を精一杯突き出して、抱き上げて欲しいと強請る愛らしい姿に、胸をぎゅうっと鷲掴みにされたような気持ちになり、言葉に詰まる。
「……のぶながさま、だっこして」
今にも泣き出しそうな声にハッとして、慌てて朱里の顔を窺う。
見れば、少し疲れた顔をしているようだ。子供の身体で終始はしゃいで城下を歩き回って、さすがに疲れたのだろうか。
出掛ける前は、あれほど頑なに抱き上げられるのを嫌がっていたのに、と少し可笑しくもあるが、このように可愛らしく強請られては今すぐに抱き締めたくなる。
信長は、朱里にふわりと柔らかな微笑みを向けると、逞しい腕で力強く抱き上げる。
朱里の嬉しそうな声が耳元で聞こえて、信長もまた胸の内がじんわりと暖かくなった。
「朱里…そろそろ戻るぞ」
「はい……」
城に戻ろう。
小さな朱里の愛らしい姿、その仕草…もう、誰にも見せたくはない。誰の目にも晒さず、城の奥へ隠してしまおう。
俺だけが知っていればいい。
俺だけの小さな姫の秘密。