第17章 小さな恋人②
(これは…妙な話になってきたな。秀吉の懸念もあながち的外れではなかったということか…まぁ、俺も子の一人や二人いてもおかしくはない立場ではあるが…)
出掛ける際に秀吉が慌てていた姿が思い浮かび、信長は心の中で苦笑いする。
「お待たせ致しました、信長様」
女将が何となくぎこちない様子で茶と団子を運んでくると、信長は朱里を膝の上に乗せて、顔を覗き込みながら話しかけているところであった。
その姿はもう、どこからどう見ても父と子である。
朱里は皿の上の団子を見て嬉しそうに笑むと、早速に手を伸ばそうとする。
その子供特有の性急さに些か不安を覚えた信長は、朱里の手を遮って団子の串を持ち上げる。
「俺が食べさせてやろう、口を開けるがよい」
鷹揚に言い、団子の串を口元に持っていくと、愛らしい小さな口を精一杯大きく開けて団子を頬張る。
「んんっーっ、おいしいっ!」
「よく噛んで食え。ほら、付いてるぞ?」
勢いよく団子を頬張り、もぐもぐと咀嚼する様子は微笑ましいが、そこは幼い子供のすること、予想どおりだが口の周りには団子の餡子が付いていた。
口の端に付いた餡子を指先で拭ってやると、赤くて可愛らしい舌がペロリと唇を舐める。
舌が指先に触れる感触に、信長の胸の内がトクンッと揺れる。
「のぶながさま、ありがとう!」
「っ…いや…ほら、もっと食え」
幼い子供の仕草にまで思わずドキッとしてしまった自分の理解しがたい感情に戸惑った信長は、それを誤魔化すかのように朱里の口元へ再び団子を近付ける。
ぽってりとして柔らかい唇が団子に触れる。
小さな歯が、餡子に覆われた白い餅を齧り取っていく。
もぐもぐと口元が動くたび、団子を含んだ頬が福々と膨らむ。
甘味を味わう至福の表情は、この上なく愛らしかった。
(小さくなっても貴様の愛らしさは変わらぬな…)
朱里の全てを知りたいと願いながら、もはや知ることは叶わぬと思っていた愛しい女の幼き頃の姿…それが思わぬ形で叶うことになるとは……
信長は、夢中で団子を頬張る幼い朱里の顔から目が離せなくなり、忙しなく動く口を、飽きることなく見つめ続けた。