第16章 小さな恋人①
(やっ…どうしよう…)
「あのっ、こ、困ります…私達、もう帰らないと…」
手を熱っぽく握られてしまい、困ってジリジリと後ずさっていると……
「おいっ、貴様、その手を離せ」
私の背中の後ろから、その場が一瞬で凍りつくような絶対零度の冷たい声が聞こえた。
振り向かずとも分かるぐらい不機嫌な声に、一気に肝が冷える。
信長様は、私が振り向く前に、私を庇うように刀の柄に手を掛けたままジリッと前に出た。
小さな身体に似合わぬ鋭い殺気が、頭の先から足の先まで漲っている。
少しでも触れれば、こちらが傷ついてしまいそうな殺伐とした狂気が垣間見えて、ぞわりと肌が粟立った。
「三郎様っ…」
「………この女に触れることは許さん。怪我をしたくなければ……去れ」
深紅の瞳が燃えるような怒りの炎を纏い、男を激しく牽制する。
単なる子供だと思っていた信長の鬼気迫る迫力に一瞬で圧倒された男は、慌てて朱里の手を離し、言葉にならぬようなことを言い捨てながらその場から走り去っていった。
(っ…よかった。大事にならなくて……)
「三郎様っ、あのっ…」
「大丈夫でしたか? あ、ね、う、え?」
(ひいっっ、お、怒ってる……)
「あ、あのっ、あれは言葉のあやというか…姉弟ということにした方が信長様の素性がバレないかと思って…そのぅ…」
焦って言い訳する私に、信長様の冷たい視線が突き刺さる。
「ほぅ…俺のことを慮って嘘を吐いたと?」
「そうですっ!だから悪気はなくて…」
「…嘘つきな姉上様には罰が必要だな…城に戻るぞ、朱里。嘘つきなその口、今すぐ開けぬようにしてやる」
「ひゃっ…」
一気に血の気が失せるような恐ろしい脅し文句を口にすると、信長様は、少年とは思えぬ強い力で私の腕を引き、有無を言わせずズルズルと引き摺るようにして城へと戻ったのだった。