第16章 小さな恋人①
秀吉の目を盗み、朱里と二人でこっそり城下へと下りた信長は、聞こえてきた賑やかな祭り囃子の音に目を細める。
(そういえば、今日は八幡社の縁日の日だったか…)
城下にある八幡社の境内では、毎月朔の日に縁日が開かれる。
毎月のことなので、さほど大規模なものではないが、月に一度出る屋台を大人も子供も楽しみにしていた。
「信長様っ…見て下さい!あんなにたくさんお店が…」
傍らに立っていた朱里は、立ち並ぶ屋台をキラキラした目で見つめている。
子供みたいに、無邪気で愛らしく頬を蒸気させている。
(くくっ…これではどちらが子供か分からんな)
「おい、名を呼ぶな。どこで誰に聞かれるか分からんだろうが」
「えっ、あ…はい…ええっと、じゃあ、何とお呼びすれば?」
戸惑ったように尋ねてくる朱里の言葉に、それもそうだなと考え込んでしまう。
(『信長』は論外、『吉法師』もまずい。『吉』も…良くはない。となると……)
「『三郎』でいい」
「三郎様…ですか?」
「俺の名だ。言ってなかったか?ありがちな名だから、まぁ、バレんだろう」
ぶっきらぼうに言いながらも、今の俺と朱里は傍目からはどんな風に見えるのだろうと考えてしまう。
(姉と弟か、大名家の若君と侍女か、母と子…はさすがにないか。どちらにしても、恋仲の男と女には到底見えんだろうな…)
そう思うと、悲しいような、可笑しいような、何とも言えない気分になってくる。
「三郎様?どうかなさいましたか?」
心配そうに俺の顔色を窺う朱里の声に、ハッと意識が浮上する。
「…何でもない。行くぞ、屋台が見たいのだろう?」
朱里の視線からふいっと顔を背けると、信長は神社の方へ向かってさっさと歩き始めた。
「あっ、待って下さいっ…」
慌てて後を追ってきた朱里は、易々と信長に追いつくとその手を取って、きゅっと握る。
「ダメですよ、一人で行っちゃ、迷子になったら大変ですから」
「……………」
ふふふっと柔らかく笑いながら隣に並んだ朱里の顔は、少年の姿の信長から見上げるには少し遠すぎて、否が応にも二人の背丈の差を感じてしまうことになり……信長はどうしようもなく複雑な気持ちになってしまったのだった。