第16章 小さな恋人①
(……………あれ?)
ぐっと押されて後ろ向きに倒れる……かと思いきや、私の身体はびくともしなかった。
「くっ……」
(子供の信長様の力じゃ、私を押し倒せないってこと!?)
いつになく焦りを滲ませた顔で、再び強めに私の身体を押そうとする信長様に、私はよせばいいのに大人げなく身体を強張らせて…押し倒されまいと抵抗してしまった。
焦る信長様が可愛くて、つい意地悪をしてしまったのだ。
「…………チッ」
やがて、苛立ち混じりの舌打ちとともに、信長様はプイっとそっぽを向いてしまった。
「の、信長様…?」
「うるさいっ!」
(しまった、本気で怒らせちゃったかも…)
「ごめんなさい、そんなに怒らないで下さい、ねぇ…信長様?」
機嫌を取ろうと顔を覗き込むと、信長は唇を微かに尖らせて拗ねていた。
可愛くて、もう涙が出る……
「信長様ってば…ご機嫌治して下さい…そうだ、気分転換に一緒にお出掛けしましょうか?」
「……(こやつ、俺を子供扱いしおって…)外出は秀吉から禁じられているぞ?」
「えっ、あぁ…う〜ん、ちょっとぐらいなら…ダメですかね?城下を歩くぐらいなら…町の人達もたぶん、信長様だって気付きませんよ?こんなに小さいんだし…って、す、すみませんっ…」
「貴様………」
いちいち引っ掛かることを言うのが気に食わんが、朱里がその気なら乗ってやろうかと、信長は内心ほくそ笑む。
本当は外に出たくて堪らなかったのだ。
朝起きてこんな状態になってしまってから、秀吉が天主から一歩も外に出させてくれず、先程も秀吉の目を盗んでようやく天主を飛び出したところだったのだ。
「貴様がそこまで言うのならば仕方がない。一緒に出掛けてやろう……ただし、秀吉に見つかっても俺は知らんからな?言い出したのは、朱里、貴様だ」
「なっ……う〜ん…まぁ、いいですよ。じゃあ、秀吉さんには内緒で…こっそり行きましょう!」
朱里にしては珍しく大胆なことを言う。
(先程から完全に俺を子供扱いしているのが気に入らんが…何にせよ、こやつと逢瀬が楽しめるなら、些細なことは我慢してやるか…)
いそいそと出掛ける準備をする朱里を横目で見ながら、信長は小さくなってしまった自身の身体を振り返って、そっと小さな溜め息を吐いたのだった。