第16章 小さな恋人①
「秀吉さんっ!?」
見れば、すごい形相で廊下を慌てて走ってくる秀吉さんの姿があった。
「っ…朱里!?あ…いや、これはその…」
「秀吉、もう遅い。諦めろ」
私達の前まで来てしどろもどろになる秀吉さんに、少年が冷たくピシャリと言い放つ。
「し、しかし…あの、これは、ど、どうすれば…」
「あの、秀吉さん?この子、誰?もしかして…」
恐る恐る言いかけた私の手を、少年がグイッと引っ張る。
彼はそのまま、チュッと音を立てて私の手の甲に口付けた。
「!?」
「朱里、俺だ」
「えっ…ええぇっ!?」
ニヤッと悪戯っぽく笑う少年の表情は………大好きな信長様の顔そのものだった。
「信長様?えっ?嘘っ…ええっ?信長様っ!?本当に?」
(どういうこと!?信長様が小さくなってる!?何で?何で?どういうことなの!?)
想像を上回る有り得ない出来事に頭が混乱してしまい、小さな信長様を上から下まで何度も確認してしまう。
が……そうすると、途端に信長様の顔が不機嫌に顰められる。
(あれ?どうしたのかな?)
「……貴様、俺を見下ろすとは…いい度胸だな」
「ええっ!いえ、そんな……」
そんなつもりではなかったのだけれど、少年の姿の信長様の背丈は当然私よりも低くて、自然と見下ろすかたちになってしまっていたのだった。
不機嫌さを隠さない信長様の様子に焦った私は、慌てて小さな信長様の目線に合わせて床に膝をついた。
そうして、躊躇いがちに問いかける。
「ええっと、信長様…ですか?」
「……そうだと言っておるだろう」
(やっぱりそうなのー?誰か、嘘だと言ってっ!)
「あ、あのっ…何故、そのようなお姿に?」
「知らん。朝起きたら、こうなっていた」
プイッと不貞腐れたようにそっぽを向く信長様。
「ひ、秀吉さん?」
藁にも縋る思いで秀吉さんを見上げるけれど……
「そうなんだよ!朝、いつものようにお迎えに行ったら、こんなことになってて…くそっ、訳が分からねぇ」
ギリッと歯を食いしばる秀吉さんは、本当に苦渋に満ち満ちた顔だった。
「御館様っ、昨日何かおかしなものを召し上がられたりはなさっていませんか?
いや、口にされる物はもちろん毒見は致しておりますが…私の目の届かぬところで何か…」
「秀吉、貴様、俺を何だと思っておる。隠れて盗み食いなどするか」