第16章 小さな恋人①
その日私は天主へと通じる廊下を歩いていた。
今日は朝から信長様とお会いする機会がなくて、お茶でもお持ちしようと執務室に行ったら、そこもまた、もぬけの殻だったのだ。
近くにいた家臣の方に聞いてみても、今日は朝から執務室にはいらしていないと言う。
そうかといって、城外へ出られたわけでもなさそうで……気になった私は天主の信長様の部屋へ行ってみることにした。
(どうなさったのだろう…この時間まで天主にいらっしゃるなんて珍しい。まさか、どこか具合がお悪いとか…?)
何となく不安で考え事をしながら歩いていると………
ードンッ!
「っ…きゃっ!」
「うわっ!」
廊下の角を曲がったところで、正面からいきなりの衝撃が身体に当たり、ふらついてしまう。
(っ…痛ぁ…な、何!?)
身体を起こし、慌てて前を見ると、そこには……一人の少年が真っ直ぐに背を伸ばして立っていた。
艶のある真っ黒な黒髪
鼻筋の通った整った顔立ちに、燃えるような紅玉の瞳
(子供!?城内に子供なんて、どうして……でも、どこかで見たような顔だな)
「……………」
その子は一言も発せず、子供らしくない鋭い眼差しでじっと私を見つめている。
その深紅の瞳は、何もかも見透かしているかのような大人びた色をしていて、少年を少年らしくなく見せていた。
「あの…君、誰かな?どこから来たの?」
(誰か家臣の子だろうか…年の頃なら、信長様の小姓にぴったりぐらいだけど…ん?信長様…?)
そこまで考えて、私は何となく違和感を感じて、もう一度、目の前の子の顔をまじまじと凝視した。
意志の強そうなその瞳と目が合った瞬間、少年はニヤリと口角を上げて不敵に笑った。
「……貴様、どこに行く?」
小さな唇から発せられたのは、少年特有の甲高い声ではあったが、どことなく太々しく傲慢さを感じさせる声音であり、その少年らしくない口調はどこか既視感を感じるもので………
(っ…まさか……いや、でもそんな……)
「……信長様?「御館様ぁー!」」
私の呟きに被せるような大声が、少年の背後から投げかけられて、思わず私は息を飲む。
(この声は………)