第15章 赦す者 赦される者
(あの刺客を打ち捨てたのは…おそらくこの辺りだろう…)
おぼろげな記憶を頼りに馬を走らせてたどり着いたのは、茫然と緑が広がる平原だった。
(案の定、何もないな…)
その場所は、見渡す限り青々とした草木が拡がる、広い平原が続いていた。
「信長様…、ここですか?」
「おそらく、な」
(あの日の記憶など、はっきりと覚えていない。この場所に立っていた己がどんな感情だったのかも…今となっては思い出せん)
風にたなびく草の波を、ぼんやりとただ眺めていると……
同じように隣で佇んでいた朱里が、ふいにその場にしゃがみこんだ。
「……? 朱里、何をしている?」
「弔いです」
「……………」
朱里はただの草むらに向かって、そっと手を合わせて目を閉じる。
そんな朱里の様子を理解できぬまま、信長は無言でじっと見下ろしていた。
(そんなことをして、何になる?時は移ろい、もう何も残っていないというのに…)
「……聞こえていますか?この世は随分と変わりましたよ。もう、貴方のように戦や家督争いで命を落とす人がいない世の中を、信長様は作ろうとしています。
だから、どうか……見守っていて下さい」
「っ………」
(何だ……?)
朱里の言葉を聞いた瞬間、全く理解の及ばない熱が腹の底から胃の腑へ、胸へ、喉元へと一気に湧き上がった。
(っ…何なのだ、これは……)
呼吸が浅くなり、心の臓が荒く音を立てる。
理由は分からない…けれど、何故なのか、目の奥がかぁっと熱くなる。身体の奥から湧き上がる熱に、全身が焦がされるようだった。
「信長様?つっ…!」
目を閉じてこうべを垂れていた朱里が振り向き、信長を見てハッと息を呑んだ。
(何だ?何だと言うのだ?何故、貴様がそんな痛そうな顔をする?)
そう思うのに、何故か胸が詰まって上手く言葉が出てこない。
朱里はその場に立ち上がると、黙って信長を抱き締めた。
「っ……朱里?」
「…信長様は…幸せになっていいんです。私は、貴方に幸せになって欲しい。私が貴方を幸せにしたい。
だから…もう我慢しないで。今だけは…泣くことを自分に赦してあげて下さい」
身体を抱き締める暖かなぬくもりの中で、ふと、朱里のその言葉が腹にストンと落ちた気がした。