第15章 赦す者 赦される者
何事か思案するように目を伏せていた朱里だったが、やがて考えが纏まったのか、グッと面を上げて信長を見据える。
「信長様、弔いを致しましょう」
「……は? 弔い、だと?」
「はい。その刺客の方の弔いです。きちんと弔って、気持ちの整理をつけるのです」
(こやつ、また突拍子もないことを言いおって…)
自分を狙った刺客の弔いをするようなうつけ者がどこにおるというのだ。
そのようなたわけた話は聞いたことがない。
朱里はいつも俺の予想を超えてくる女だが、さすがにこれは訳が分からん。一体、何を考えておるのだろうか……
「弔いなど…できるわけがなかろう。刺客の屍など、その辺に打ち捨てられたはずだ。骨もなくなり、とうに土に還っておるに違いない。兄上の差し向けた刺客ではあったが、身元も分からぬ者だ。供養する者もいなかっただろう」
「それでもいいのです。弔いは死者のためだけのものではありません。たとえその場に形あるものがなくとも、そこへ行って、弔いの気持ちを示すことが大事かと…」
「尾張へ行くのか?この俺が?今更?」
(また訳の分からん理屈を並べおって…やはりこやつの考えることは俺の理解を超える)
「はいっ!私もご一緒致します」
「……………」
「信長様?」
「弔いなど無益にしか思えんが…貴様との旅ならば俺にとっても益があるな」
ニヤリと意地悪そうに笑いながら、朱里の身体を抱き寄せる。
その細腰に腕を絡ませ、鼻先が触れ合うほどの距離で試すようにじっと見つめてやれば、朱里は困ったように視線を逸らす。
「もぅ…誤魔化さないで下さい」
話の本題を逸らそうする信長に、朱里は拗ねたように頬を膨らませる。
(本気で怒ってなどいないと見れば分かるのに、こうして怒ったフリをして頬を膨らませる愛らしい朱里を見るのは、気分がいい)
口の端を吊り上げたまま黙って朱里を見つめていると、やがて根負けしたように朱里が溜め息を吐いた。
「分かりました。弔いはついででもいいので…私を旅に…尾張へ連れていって下さいますか?」
「ふっ…よかろう。ならば、二人きりの旅を楽しむと致そう」
朱里の考えることは正直理解できなかったし、弔いなど全く無意味にしか思えなかったが、それでも愛しい女の言葉に乗せられて動いてみることに、信長はこれまで感じたことのない新鮮味を感じていた。