第15章 赦す者 赦される者
人を斬るあの感覚が、日常から消えて久しい。
それ故に、夢で味わうあの感覚は、殊更に鮮明に感じられたのだ。
「夜…刺客って…もしかして…」
「……もしかして…何だ?」
「それは…兄上様からの刺客を討ち取られた時の記憶…ですか?」
「……………」
(あぁ…そういえば朱里にだけは話したことがあったのだったか…)
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『俺は十三歳の時、初めて人を殺めた。相手は…兄から放たれた刺客だ』
『っつ…………』
『兄は庶子だったから、嫡子である俺が家督を継ぐものと思われていたんだが…俺を殺めてまで織田の家督が欲しかったらしい。
俺をうつけと侮って寝所に刺客を送ってきおった…全員返り討ちにしてやったがな』
『この乱世では家督争いはよくあることだ。親兄弟が日常的に殺しあう世の中だ。殺さねば殺される。ならば殺すしかないだろう。
躊躇う理由などない』
『力を手に入れ、くだらん争いなど終わらせると、その時決めた』
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(なるほどな……)
夢を見るたびに覚えていた既視感の理由に、ようやく思い至る。
(あれは…あの時の記憶だったか…)
夜、寝所で休んでいた自分を突如襲う刺客達の刃。
咄嗟に枕元の刀を取り、迷うことなく斬り伏せた。
そこには何の感情もなく、一切の躊躇いも感じなかった。
「確かに…その状況に似ているな」
「……………」
朱里は、キュッと眉を寄せた難しい顔をして押し黙っている。
「言ったとおり、ただの夢だ。貴様がそんな顔をする必要はない。気に病むでない」
「……いえ、信長様、あの…」
何事かじっと考え込んでいた様子の朱里は、意を決したように俯いていた顔を上げる。
「それは、ただの夢、などではありません。信長様は何でもないことのように仰いますけど、何度も同じ夢を見るというのは、心の奥底に憂いがあるからに違いありませぬ」
「はっ!くだらん。俺は後悔などしておらん。殺さねば俺は死んでいた。憂いなど…あるはずもない」
「それでもっ……」
(貴方の心は傷ついたはず…兄上様から刺客を送られて…初めて人を殺めて…)
信長様自身は何でもないことのように仰っても、その心の奥底は本人もそれと気付かぬ内に傷付いていて、信長様の心をじわじわと蝕んでいるのではないのだろうか…。