第2章 百日(ももか)の祝い
「あの子は…信長殿は私が初めて産んだ御子でした。お腹の中にいる時からそれはもう元気な子でよく動いて…きっと、早く外の世界へ出たいと思ってたのね…私は産まれ日よりも少し早めに産気づいたの」
「ふふ…信長様らしいですね」
(義母上様のお腹の中でもきっと、我が物顔で動き回っておられたんだろうな…)
「初子だったから、産まれる前から傅役も乳母も決まっていたのだけれど、信長殿は癪が強い子でねぇ……乳をやる乳母の乳首にひどく噛みついて困らせて…次々に辞めさせてしまったのよ」
「っ…そうだったんですか…」
(さすが信長様…産まれたばかりで、もう俺様な赤子だったんだ…)
「出産直後に一度だけ、私が乳を飲ませた時は、穏やかに飲んでくれたのだけど…大殿は、嫡男の養育は傅役と乳母に任せるようにと仰って…結局私は、幼いあの子に何もしてあげられなかった」
「…義母上様…」
少し寂しそうに微笑まれる義母上様の姿に、かける言葉が見つからない。
信長様と義母上様の間にあった幼い頃からの深いわだかまりは、少しずつ修復されてきてはいたけれど、義母上様の、幼い頃の信長様に対する罪悪感は、時を経ても完全には拭い去れないようだった。
「結華は乳母には懐いている?乳もしっかり飲めているかしら?」
「あっ…えっと……」
不意に問われて、そういえば義母上様にはお伝えしていなかったな、と思い至り、言葉に詰まってしまう。
「あ、あの、義母上様…結華は私が自分の乳で育てているんです。一応、乳母もおりますが、私が困った時だけ手伝ってくれるようにお願いしてて…信長様もそれは許して下さっていて……」
「………まぁ……そうなの…」
戸惑ったような困ったような表情を浮かべる義母上様
(乳母に託さず自分で養育するなんて前例がないこと、やっぱり義母上様には受け入れてもらえないかな……結華は、天下人たる信長様の嫡女だし…乳母に任せるのが一般的よね).
黙ってしまわれた義母上様の様子が気になり、気まずくなってしまった部屋の空気をどうしたものかと思っていたその時だった。
沈黙が漂う部屋の空気を打ち破るかのように、廊下側からどんどんと力強い足音が聞こえてくる。
あっと思った瞬間に襖がスパンっと開かれて…入り口には、結華を腕に抱いた信長様が立っておられた。
「信長様っ!」