第13章 肝試し
「行くぞ、朱里」
水滴が落ちた首筋を気にして何度も手で触れていた私は、名を呼ばれて、ハッと顔を上げた。
見ると、信長様が手を差し伸べてくれている。
(手を…繋いで下さるの?)
嬉しくなって、その骨ばった大きな手に、そっと自身の手を重ねると、ぎゅっと強く握り返してくれた。
信長と朱里が、手を繋いで再び廊下を先へと進み始めた後、廊下の角には、去って行く二人の後ろ姿を見守る男が二人。
「家康様、上手くいきましたね!」
「あぁ、三成、俺はお前と組まされて不安しかなかったけどな」
ニコニコと優美な微笑みを浮かべる三成とは対照的に、家康の顔は苦々しげだった。
(はぁ…何で俺がこんなことまでしなくちゃいけないんだよ…肝試しなんかで涼しくなるわけないし……まぁ、水滴一つで悲鳴を上げるあの子はちょっと可愛かったけど)
信長に縋りつく朱里の頼りなげな姿を思い出し、家康は、三成に気付かれぬように微かに口元を緩めた。
「信長様…あのぅ…また何か聞こえるんですけど…」
「………ん?」
ーシャランッ シャランッ……
ざぁざぁという雨音とともに、風に乗って微かに聞こえるこの音は……
「び、琵琶の音……?」
(いやいや…まさか…こんな夜中に誰が琵琶を引くっていうの??聞き間違い、気のせいだよね…)
ーシャランッ!
「ひいぃ…やだぁ…」
信長様と繋いでいた手をぎゅっと握り、更に空いていた方の手で耳をガバッと押さえて目を瞑る。
先程聞いたばかりの『耳なし芳一』の話が頭の中でぐるぐる回っていた。
琵琶の名手だった盲目の芳一は、平家の怨霊に取り憑かれ、夜な夜な琵琶の弾き語りをさせられる。芳一を助ける為に寺の住職は、芳一の全身にお経を書き記し、怨霊からその身を隠そうとするが、耳にだけお経を書くのを失念してしまうのだ。
やがて夜になり、怨霊が芳一を迎えに来るが、お経に護られた芳一の身体は怨霊からは見ることができない…が、その時、両耳だけが暗闇に浮かび上がる。
怒った怨霊は、芳一の両耳を引き千切り、持ち去ってしまったという。
琵琶の荘厳な音色と、『芳一…、芳一…』と呼ぶ恐ろしい怨霊の声
(うぅ…誰か、気のせいだと言って…)
「朱里…」
ぎゅっと固く閉じた目蓋の上に、ふわりと柔らかな唇が押し付けられたのを感じる。
「っ…んっ…信長、さま…?」