第64章 白夜と極夜 〜another story〜 ✴︎✴︎
「杏寿…郎……さん?」
横たわっている七瀬の傍らにゆっくりと腰をおろした炎柱は、彼女の右手をそっと握った。
「煉獄さん?」
後ろから駆けつけた炭治郎が声をかけると、フラッと炎の羽織が傾き、七瀬の右横に寄り添うように倒れる。
『手が冷たく……ならない……良かった……』
意識を失っても尚しっかりと繋がれている杏寿郎の掌(たなごころ)に心から安心した七瀬。
繋がれていない左手を彼の傷ついた左目にそっとあてたのち、自分もふっと意識を落とした。
“ここにいる者は誰も死なせない”
この言葉の通り、杏寿郎は死者を1人も出さなかった。
——— 4ヶ月後、音柱・宇髄天元と遊郭潜入任務に当たった炭治郎、善逸、伊之助、禰󠄀豆子が110年以上振りに上弦の鬼を倒す。
「よう、元気そうだな。煉獄」
「宇髄か!」
左目と左腕を欠損する大怪我を負った天元は、柱の職を辞した。
煉獄家にある桜の木に小さな蕾が芽吹いた朝、彼は杏寿郎を訪ねて来た。
縁側に2人並んで座り、世間話などをしていると、隊服を着た七瀬がお盆を持ってやって来る。
「宇髄さん、こんにちは!お体の調子はいかがですか?」
「おーお疲れ、あんがとな。歩いてここまでやって来るぐらいには回復したぜ」
パンと右手で太ももを軽く叩く天元だ。
「良かったあ」と2人の間におぼんを置いた七瀬は、急須からお茶を湯呑みに注いだ後、杏寿郎と天元に差し出す。
「申し訳ありません。この後、任務に向かわないといけなくて……私はこれで失礼しますね。ゆっくりして行って下さい」
「おう、気ぃつけてな」
「……後方支援とは言え、無理は禁物だぞ」
「ありがとうございます!それでは行って来ます。あっ、杏寿郎さん!今日の夕餉はさつまいもの甘露煮ですよ」
「そうか、それは楽しみだ!」
2人に向かって一礼をした彼女は「刀を取りに行く」と告げた後、その場を後にした。
「お前もあいつもあれから全く使えないんだってな?炎の呼吸が…」
「うむ、残念ながらな。故に継子志願者を集って、2人で隊士を育成している」